能登の地震が気になって寝つけない。

まさか正月早々こんなことになるとは。

輪島の火災や珠洲の家屋倒壊を見ていると胸が苦しくなる。

今、2011年の東日本大震災を思い出している。

震災発生から約3ヶ月が経った6月中旬頃、

私は石巻市貞山地区の避難所支援活動に参加していた。

当時、避難所となっていた某小学校には数十人の被災者が寝泊まりしていたが、

体感余震が頻繁にあり、

その度に頭の真上で体育館の照明がブランブランと大きく揺さぶられ、小さくない恐怖を感じていた。

私がいた時は、大量の物資が体育館のステージに山積みになっており、

方々から温かい食べ物も運ばれてきていたが、

効率よく分配、使えないもどかしさを感じていたことを思い出す。

なによりも、水の確保が難しかった。

風呂もトイレも仮設で、時間の経過とともに衛生状態も悪化していく。

6月なのでかなり気温が上がるようになっていたが、

入浴は一週間に一度くらいしかできなかった。

食べ物の管理にもかなり気をつかった。

身近にいる人同士助け合うムードが形成されてはいたが、

道路や橋が壊れたままであり渋滞がひどく、車も歩行者もイライラしている人が多いと感じた。

あまり思い出すと辛くなるし、キリがないのでここらでやめておくが、

とにかく現地は本当に大変。

やらねばいけないことがいくらでもあり、猫の手も借りたい状況のはずだ。

野々市や氷見には古くからの友人もいる。

一番寒いこの時期、一夜明けたらどんな景色が広がっているだろう。

今はまだ、自分の心を鎮めることもできてないが、

私にも何かできることがあればと思う。