新NISAがスタートし、投資について考える人が増えている。

私は2020年の春から株式投資を始めた。

間もなく4年になるが、自分にとって必要な学びなのでこれからも続けていく。

世界の政治経済から波及している、あらゆることについて、私はもっと学びたい。

より良い未来に向け、自分に何ができるか常に考えている。

世の中を俯瞰し、学びながら実践を重ねていく必要があるのだ。

お金を増やしたいというのもあるが、

その意味でも学びは必要だ。

経済がこの世界を動かしている以上、何をするにしても、お金のことを深く知る必要がある。

「投資は儲かる」と言う人もいるが、投資さえしていれば必ず儲かるわけではない。

何がなんだかわからなくても、短期的に儲かることもあるだろうが、

それだけではおそらく続かないはずだ。

お金を増やすことだけを目的とした行動には、私はあまり魅力を感じない。

面白くないものは続かないし、例外なく、いずれやめてしまう。

私は、投資を通じてもっと視野を広げていきたい。成長し、楽しみ続けたい。

まだ学び始めたばかりだが、

やればやるほど、ぼんやりした興味だけではなく、強い魅力を感じるようになってきている。

もっともっと知りたい。奥深いところを味わってみたい。

学ぶと言っても、

授業や書物で小難しい理論や技術を修得するとか、そういうことではない。

この社会に生きていれば、

テレビや新聞を眺めていてもいなくても、噂話なども含めて私たちはさまざまな情報に触れることになる。

難解で複雑な政治や経済の話ばかりでなく、

スポーツや地域の話題はおろか、近所の噂話なんかも含め、一見関係がないようなことまでもが複雑に絡み合い、経済は動いている。

それこそ、あらゆるところにチャンスが転がっている。

そうしたことに興味を持ち、なんらかの形で自ら社会参加する意識を持つ。

そう考えるだけで楽しくなり、なんとなく力が湧いてくる。

やれ人工知能だ、ロボットだ、量子コンピュータだと、

未来の可能性を感じさせる、興味深い対象はそれこそ無限にある。

世のため人のためと思うこと、

身近な地域の歴史や文化にも、

面白いと思えば、誰だってそれらの事業に直接参加したり、自ら起業することもできる。

そうしたことに時間や知力、体力を振り向けることができなくても、

投資することにより、株主として社会参加することもできるのだ。

投資のハードルは劇的に下がっている。

今は日本株でも1株から購入できる。

1株でも持てば、それだけで自分も株主になる。

それこそ100円からでも始めることができる。

仮に100円が50円に価値が下がっても、たいしたダメージはないはずだ。

それが10円になったとしても、生きたお金の動きを体感できるなら安いものだと思う。

怖いなら本当に100円だけでもいいから、とにかく始めるべきだ。

2020年の春、私は当時1株700円の、ある小さな会社の株を買った。

そして、毎日ずっとその値動きを眺めていた。

たった5円上下するだけでも、複雑に感情が動いたのを覚えている。

自分の感情の振れ具合だけでなく、世の中がどのようにして動いているのか、さまざまな想像をするきっかけになった。

それまで他人事としか感じられなかった、アメリカの金融政策や景気動向を示す指数などのニュースが、

ごく自然に、とても身近なこととして受けとめられるようになった。

見えていた世界、可能性が広がり、

さらに、さまざまな角度から色んなことを考えるようになった。

この経験は非常に大きく、

そこが、私自身の変化の起点となった。

未来は誰にもわからないが、

あらためて歴史を振り返ってみても、

古今東西例外なく、

100年前の世界恐慌から、リーマンショック、コロナパンデミックなど、

どんな大暴落であっても、

結局のところ、相場は上下動を繰り返しながら、右肩上がりを続けてきた。

これは、私は、たまたまではないと思う。

人の数が増えれば、中長期的にお金も膨らんでいくしかない。

技術革新が進めば夢も広がる。

もちろん、この世に「絶対」は存在しないが、

私は、この世の曖昧さや不安な気持ちを誤魔化すことなく、丸ごと抱えながら人生をまっとうしたい。

だからそのためにも、ずっと相場に居続けたい。

‥心の底からそう思う。

年明けから、能登半島地震、航空機衝突炎上事故と、

誰も予想していない、びっくりすることが起きているが、

いつ何がどうなるかわからないのがこの世の常である。

相場の世界も誰にも予想できない。

正確に言うと、

予想はするが、それは絶対でも、一つでもない。

いかなる時も、どれか一つだけのシナリオに絞り込んだ投資行動を取ることはできない。

投資の世界では「予想はよそう」などとも言われるが、

一か八かで外れたら終わってしまうような博打的な行動は、投資ではないと思っている。

私としても、どんなことが起きても相場に生き残ることが目的なのであり、

資産が増えても減っても、どんなに激しく上下しても、

日々揺り動かされる自分自身の気持ちを、淡々と眺め続けたいと思う。

むしろ上がること以上に、下落相場にこそ楽しみがある。

下がった時こそが仕込み時でもあり、

短期的な損失はある意味快感でさえある。

相場に居続けるだけで、しだいにメンタルが鍛えられ、

さまざまな事象を複眼的にとらえ、俯瞰する習慣が身につき、よりよい未来がイメージ形成されていく。

言い換えると、

投資とは、今の自分が想像し得る、あらゆる可能性に配慮することの連続とも言える。

どこか将棋や麻雀と似ているところもあり、

非常に面白い。

究極の人生のテーマの一つだと思う。

投資は、生活に密着している。

誰であれ、その得意不得意に関わらず向き合うべきと思う。

そして、知れば知るほど面白い。

私はお金のことを十分に知っているわけではないが、だからこそやりがいがある。

まだまだ学ぶべきことがある。経済は生き物であり、常に動いている。

死ぬまで退屈することがなく、ワクワクしている。

知識さえあればいいと言うものではなく、

自分なりの哲学を常にブラッシュアップし、

小さな実践を積み重ねていく、その過程がたまらなくいい。

理屈だけでなく、お金の動きを体感することによってしかわからないことがある。

投資を始めて本当に良かった。

私はいつか金持ちになりたいと思っているが、

いまだ小金持ちにさえなっていない。

資産は多少あるが、

実は、住宅や車のローンの方がまだ多い笑笑

うちの生活にもお金が必要であり、

少ない資金をどのように運用していくかは、私にとっても重要なテーマだ。

だが、お金を増やすことばかりを考える生き方は、私には向いていない。

生活のあり方、質についても自分なりの思いがある。

お金に縛られずに、

自分のやりたいさまざまなことに貴重な時間を振り向けたい。

時間労働はほどほどに、心と身体に余裕を持った生活を心がけている。

こうしたことを実現していくために、

私にとって投資は不可欠なのだ。

ちなみに、2023年末時点の私の株資産は、

日本株 2,905,585円(+1,033,968円)※71銘柄

米国株 3,620,611円(+1,463,051円)※58銘柄

投資信託  38,478円(+1,928円)

現金預金  22,920円

iDeCo 850,447円(+259,756円)

計    7,437,041円(+2,758,703円)

以上、日米129銘柄等、計7,437,041円。

ここまでの通算運用益は、2,758,703円。

この他、資産の数%に当たる配当収入があるのと、妻は妻で旧積立NISAを3年以上続けている。

多くはないが、けして少なくもない。

まだ住宅ローン残高の方が多く、生活は楽ではないのだが、

方向性としては、悪くないものを感じている。

私は今、午前だけ農業高校で畜舎管理の仕事をしている。

ここで得られる賃金は微々たるものだが、

午後はすべて自由な時間であり、

のんびりとやりたいことをしている。

そして、本当に少しずつだが、資産を増やすことができている。

私のような働き方、生き方をしている人が増えてきたと思う。

日本はここに来てようやく、長く続いてきたデフレから脱却し、これから賃金の上昇が始まると思うが、

今はまだ物価上昇が先行しており、家計は楽じゃない。

物価が上昇しているということは、貨幣の価値が下がっているということである。

日々お金について学んでいる人は、こうしたことを教わらなくても当たり前に実感している。

そこに対応していくためにも株式投資は有効、というか、生きていくために必要だと私は思う。

いすれにしても新NISAとともに新しい時代が始まった。

これからも楽しく学び続けたい。