苦しむということ

「生きることは苦である」とお釈迦さまは説いたと言われている。

だが、この言葉を文字どおりに受けとめるにしても、その受けとめ方しだいでその人の生き方は大きく変わってくるのではないだろうか。

「苦」をどう解釈するかによって変わる。と私は思う。

苦は苦しみ以外の何物でもないと考える人もいれば、

この世に人間として生まれてきたこと自体を丸儲けと考え、

楽しいことや嬉しいこと、心地好いことだけでなく、辛い、悲しい、苦しいなど、人としての負の感情を味わえることにも感謝し、トータルで喜べる人もいる。

私自身は後者でありたい。

辛いこと、苦しいことに翻弄されそうになることは私にもあるが、

人間としての生を受けた以上は、この心と体を目いっぱい使い、色んなことを味わい、最後の瞬間まで人生を全うしたいと思っている。

人としての感情の荒波に揺さぶられながらも、自身を取り囲む無数の精霊たちと調和しながら、心豊かな時間を重ねていきたい。

人生を全うするということは、負の感情に支配されることではないと私は思っている。

4年前、当時19歳の二女を亡くした時、私はかつて経験したことのない苦しみを感じていた。

だが、今の二女は宇宙そのものであるような気がしている。

二女は私とも溶け合い、いつも一緒にいると思っている。

娘に先立たれるのは辛い。今も辛い。だが、それ以上の喜びを感じてもいる。

負の感情を上回る何かを見つけながら、小さな喜びとともに淡々と歩き続ける。

人生とはそういうものではないかと私は思っている。

7件のコメント

  1. 私の母は2年前に亡くなりました。
    笑顔の母の遺影が、いつも私を見つめていてくれています。
    私が生きている間は、ずーと私の心と共に一緒にいます。
    明日という日はわからないと母自ら教えてくれました。
    一日一日を悔いのないよう生きて行く事の大切さを噛み締めて生きています。
    いつも素敵なブログ楽しみにしています。

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    • Rumikoさんこんばんは。過去に囚われたり不透明な未来を不安に感じたりすることもありますが、結局のところ今を大切に、精一杯生きるしかありませんものね。

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      • 私は運良く生きていますが、3度も事故に遭遇し死ななかった事に驚いています。
        1度の事故で亡くなる方も多いですからね。
        そんな体験からも、1日一生と思うようになりました。
        明日と言う日が必ず来るとは思えなくなったのです。
        3度共100%の被害者でした。
        最初の頃は加害者を恨んでいました。
        憎んでいました。
        でも、それじゃ前を向くことが出来ませんし、家族にも嫌な思いをさせてしまうのですよね。
        大変な時間を要しましたが、それはそれで仕方がないと思っています。
        今この瞬間がとても愛おしく感じています。

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      • Rumikoさんおはようございます。恨みや憎しみの気持ちに囚われなくなってくると視界が変わってくるのではないかと思います。たくさんの思いを乗り越えて今がある。私も今この瞬間のありがたさををかみしめながら生きていきたいと思います。

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  2. 突然のメッセージ申し訳ありません
    読ませていただきまして
    感銘をうけさせていただきました。
    そして私のblogを見てくださり
    本当にありがとうございます。
    m(_ _)mペコリ😊

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