昨日は8月6日だったので広島のことについて書くつもりでいたのだが、

気づいたら疲れて寝ていた。

こうしたことは昨日に限ったことではなく、

ブログに書こうと思ったことのほとんどは形にならないまま流れている。

できるだけ多くのことを書き残しておくためにはどうしたらいいかを考え続けているが、

こんなものなのかもしれないと思い始めてもいる。

いずれにしても頭の中では色んなことを考えている。

ブログネタのことだけでなく、

次に挑戦しようと思っていること、

どんな習慣を身につけていこうか、とりあえず今日から明日にかけて何をしようか、などなど。

今の私にはルーチンワークがけっこうある。

朝目覚めたら、

般若心経を心の中で唱えながら布団をたたみ、服を着る。

カーテンを開き、窓を開け、

食器を洗っては片づけ、洗濯物をたたんでは片づけ、

お湯を沸かし、

今は夏なので、

氷水や麦茶を補充し、氷を切らさないように製氷もする。

天気しだいで花や野菜に水をやったり、ウーパールーパーの水槽の水温を調節したり、これらは生き物が相手なので手を抜くことがない。

外を散歩するたび、周囲の無数の精霊たちに主にアイヌ語で挨拶、自己紹介し、感謝の気持ちを述べる。

持ち株の売買や値動きを毎日記録し、モーサテや新聞、ネットで相場情報をアップデートすることも日課になっている。

これらはほぼオートマチック。

オートマチックに何かしながら考え事をしている。

考えているうちに予定していたテーマものを失念し、ミッション未遂のまま終わってしまうこともあるが、

こうした過ごし方をしている今を、私はなんとなく気に入っている。

だが、私が目指しているところは今のような生活とは少し違う。

今は書いたり話したり、言葉を自分の外側に出すことに注力しているが、

わざわざ言葉を必要としない生活を目指している。

それは、今よりも周囲と調和した状態に近づくことによって可能になるような気がしている。

そのために今は、

私の中を整理整頓するために、書いたり話したりしている。

私は何をしたいのか、何をしようとしているのか。

今の私は散らかっている。

自分の人生を後回しにしてきたせいで、まだどうしようもないくらい散らかっている。

もっと早くから自分の人生と向き合っていれば今のようにはなっていないが、

こうして整理整頓することも、私に課せられていることであり、これはこれで面白くて楽しい。

今朝方、夢を見ていたことを薄っすらと覚えている。

ほとんど目覚めに近い状態の夢で、

今は夢を見ているのだと思いながら夢の中にいた。

氷山の上に一角獣がいる夢だった。

明らかに、「氷山の一角」という言葉が私の中で意識されていた。

ここのところ暑い日が続いており、氷のことを考えることが多いのも影響していたと思う。

何故か、一角と一角獣が結びついて出てくるところも夢っぽい。

私は、夢の中でその一角獣の様子を見ているのだが、

その一角獣は私自身でもあるようで、

色んなことをやろうと考えているのだが、氷山の上でジッとしていることの方が多く見える。

一角獣は周囲に溶け込んでいるようでもあり、イマイチ馴染んでいないようでもある。

氷山は、最初は十分に大きくて広いと思っていたのだが、

今はどちらかと言うと少し狭く感じている。

この氷山が海面から頭を出しているのは本当に一部だけで、

そのほとんどは意識のずっと下の方にあって表面化することはない。

一角獣は、その角をアイスピックのように使い、氷山を突き崩すことを考えているが、

それはまだしないでいる。

一角獣は氷山の上でずっと考え事をしている。

今朝はそんな夢を見ていた。