今の私は、福祉の現場で仕事をしている。

隣町の就労支援事業所で、様々な利用者の方々とふれあっている。

公務員をしていた時も長く保健福祉を担当していたが、

なんと言うか、今の方が色々なことが身にしみてくる。

頭ではわかっていたことだが、

今の社会は引きこもりがすごく多いことを、あらためて実感している。

ここは就労支援の事業所だが、ここに来ているのはほんの一部に過ぎない。

部屋から一歩も出てこない人も大勢いる。

今の社会はそれを本人のせいにしているが、

そのように考えることで何か解決するだろうか。

そんな思考の先にどんな未来があるだろうか。

そもそも努力すれば全員が報われるような社会ではない。

この社会は差別が前提となっている。

次から次へと差別を繰り返し、弱者を作り出す社会。

仕方がないという見方もあるが、

私は、

誰もが楽しく、それぞれの持てる力を引き出せるような社会に近づけていきたい。

その方がみんな楽しく、より幸せになれると思っている。

そのために、

視野を広く持った生き方が大切だと思っている。

世知辛い世相でも、

よく見渡せば、身近なところに面白いこと、楽しいこともたくさん転がっている。

そこに気づけるかどうかで人生の質が違ってくる。

就労支援事業所の利用者の中にも、普通の人以上に方々にアンテナを張り巡らせている人がいて、

見ていると楽しそうで、こっちまで元気になることがある。

今は狭い世界の中に没頭する人が多いが、

私はこうした傾向をあまりいいことだと思っていない。

全体が見えなくなっている人が多過ぎる。

それが世間のムードを暗くしているところがあると思っている。

本音を圧し殺し、互いに縛り合い、

不必要な緊張を強いられてはいないか。

専門的なことをやるにしても、

それら一つ一つを全体の中でどう位置づけていくか。

そうした視点を持ち続けることが重要だと思っている。

組織が目的を絞りすぎてしまうことで、

個人の視野をも狭めてしまっている。

私も長く組織の中で近視眼的な役割を強いられてきたが、

今は、基本的に組織には属せず、自由に活動することを軸に考えている。

色んなことに広く目を配り、実際に自分の足で歩き、汗をかいていきたい。

そのために、常に自由でありたい。

視野を広く持つだけで、なんとなく元気になれる人もかなりいると思う。

福祉の現場においても、誰かが犠牲になるような発想では未来がない。

私は私で、マイペースで好きなことをしながら、地域振興、福祉にも力を注いでいきたいと思っている。