岩見沢市の山奥に「万字」という小さな集落がある。

かつて石炭産業が国策であった頃、万字にも炭鉱があり、おおいに栄えたが、

エネルギー革命で北海道の炭鉱も次々と閉山。万字の人口も急激に減少し、

今では街の大半が廃墟、草むらと化し、人は数十人ほどしかいない。

鉄道(万字線)も36年前に廃線となり、ここを訪れる人はまばらだが、

万字のかつての中心街に、

「ジン鍋アートミュージアム」というユニークな博物館がある。

古い建物だが、博物館とその周辺には活気が漲っている。

この建物はかつて、

ミュージアムの溝口館長のご両親が営む、食料品や生活必需品などを扱う商店だった。

館長は数年前まで某大学で教授を務めていた。

退職後に実家を一部改装し、5年前、ジン鍋アートミュージアムとして再生させたのだ。

熱い思いを語る溝口館長。

ジンギスカンの鍋をこれだけ集めている人はなかなかいない。

単なる鍋のコレクションにとどまらない。

長年物置の片隅に置かれていたような古い鍋を持ち寄り、何十年も前の思い出話とともに、このミュージアムを訪れる人もいる。

北海道はジンギスカンの聖地。熱狂的なファンも少なくない。

ジン鍋アートミュージアムの知名度が上がるにつれ、全国から面白い情報が集まるようになり、

今では400枚を超えるジン鍋が収蔵されている。

私もジンギスカンに目がなく、独特の食文化や歴史に興味があるので、

定期的にミュージアムを訪問し、館長の話を聞くことにしている。

今年はGW前半にお邪魔したが、

その時に、館長がジン鍋を一枚貸してくれた。

スリットの入った、ズッシリ重たい鉄製ジン鍋。

ジンギスカンと一口に言っても、その楽しみ方は色々である。

肉の種類、味付け、焼き方などの組み合わせにより、それこそ無限の楽しみ方がある。

あらかじめタレに漬け込んだ肉を野菜とともに煮込むこともあれば、

薄切りのラム肉などを焼き、タレをつけて食べるやり方もある。

このジン鍋は後者のタイプ。

まず、炭火の上にこの鍋を置く。

鍋の真ん中が一段高く盛り上がっていて、

スリットからは炭火の煙が漏れ出している。

肉を乗せると余計な油が流れ落ち、

炭火の煙を肉が吸い込むことにより、独特の風味を味わえる。

味付け煮込み系のジンギスカンも旨いが、

私はスリット付き鍋でラム肉を焼き、タレにつけて食べる方が好きだ。

館長にその話をしたら、この鍋を貸してくれたのだ。

私が好きなラムのロールスライス。

何度か使っていると、熱効率が非常に良いことに気づく。

薄い肉は、乗せた瞬間すぐにジュワッと焼ける。

余計な油が鍋の傾斜を伝って流れ落ち、スリットから煙が立ち上る。

その様に見とれていると、あっと言う間に焼き過ぎになってしまう。

私は、鍋に肉が貼りつき過ぎないよう、スリットから立ち上る煙を吸わせながら、鍋のてっぺんで忙しなく肉を転がすように焼いている。

焼け色がついたら、固くならないうちに早めに皿に取り、速攻で専用のタレにつけて食べる。

タレは定番のベル食品。最近はすっきりレモン味も出回っている。

やはり、鍋から取ったらすぐにタレにつけて食べるのが旨い。

この旨さ、感動を、的確に表現することができないのがもどかしい。

流れ落ちた油を使い、玉ねぎやピーマン、モヤシなどを焼くこともできる。

何でもそうだが、鍋も手入れが命。

傷がつかないようこびりついた汚れを丁寧に落とし、

最後にサラダ油を塗る。

もちろん、肉を焼く前にも油を塗るが、

保管する時にも油をたっぷりと。

こうして思いを込めることにより、鍋にも魂が吹き込まれていくような気がしている。

一昨日、古い友人とこのジン鍋でジンギスカンを堪能した。

明日はジン鍋ミュージアムに行き、館長に報告しようと思っている。