アイヌ語で感謝の気持ちを表す時、「イヤイライケレ。」と言う。
昔も今も感謝の気持ちを表したくなる場面は多く、
特にアイヌ語を覚え始めた時、「イヤイライケレ」はとても便利な言葉だと思う。
だが数百年前の北海道で、この言葉が日常の中でポンポン気軽に使われていたかというと、
おそらくそうではなかった。
例えば、
お母さんが何かの作業中に手を滑らせマキリ(刃物)を落とし、それに気づいた5歳の娘が拾ってお母さんに渡した時。
このような時、お母さんは娘に「イヤイライケレ」とは言わなかったと思う。
「イヤイライケレ」は感謝の気持ちを表す言葉だが、少し仰々しい感じがする。
実際にはもっと軽いタッチの、使いやすい言葉が多く使われていたはずだ。
「イヤイライケレ」は、
例えば、
川に落ちた時に危機一髪で救ってくれたり、
病気で食料を自力で調達できない時に栄養のつく物を持ってきてくれたり、
主に、生死や身の安全に関わるような危機を救ってくれた時などに使われたと考えられている。
女性よりも男性が使うことが多かったという説もある。
「イヤイライケレ」と言う言葉をバラバラに分解し直訳すると、
- イ=それ
- ヤイ=自分自身
- ライケ=殺す
- レ=~させる
「それは私自身を殺す。」となる。
これだけ見ると穏やかではなく、誤解されるおそれがある。
そのせいか「イヤイライケレ」の意味については、ネットで調べても情報が非常に少ない。
中には挨拶言葉の「イランカラプテ」と意味を混同してしまっている記事なども散見される。

萱野茂の辞書で調べると、「ヤイライケ」で「感謝する」とある。
こうしたものを足がかりに、もっと噛み砕いて全体を意訳すると、
「それ(あなたの行為)は、私の仕事を要らなくさせる。」
「あなたの善意が私を恐縮させる。」
私は、だいたいこのように解釈している。
では、日常で気軽に飛び交っていた感謝の意を表す言葉はどのようなものがあったのか。
ヒオーイオイ、ハパプハパプ、ヒンナフンナなどが知られているが、
それらの微妙なニュアンスの違い、どのような場面で使い分けられていたのかはよくわからない。
食事の前後限定で、いただきますやごちそうさまの意味で使われていたものもありそうだが、どうもはっきりしない。
地方によっても違いがあっただろう。
色々調べてはいるが、今のところよくわからない。
ここからは、本やネットの情報だけでは前に進めない気がしている。
アイヌ語が私たちにもっと身近になり、
言葉から感じることを気軽に話し合えるようになればいいのにと、私はそのように思っている。