今朝もよく晴れていて気持ちがいいが、なんとなくムズムズしている。

いつにも増して世界のマーケットの動向が気になる。

朝も夕も経済ニュースのチェックを怠ることはないのだが、

さまざまな情報を取り込んではいるものの、ここのところ集めた情報を分析咀嚼する作業が不十分になっている。

4月になって雪解けが進み、嬉しくて外を歩き回っている。

DRで林道の入口まで偵察に行ったり、

川縁に群生しているマカヨ(フキノトウ)を採ったり、田んぼで落ち穂を拾う渡り鳥たちを観察したり、

毎日とても楽しいのだが、夢中になっているとあっという間に時間が過ぎていく。

暗くなると眠くなって、いつの間にかこてっと寝てしまう。

そして目が覚めると、朝日に誘われるようにして外に出る。

健康的でとても楽しいのだが、

このままではマーケットの動きが見えなくなってしまう。

自分の中に息づき始めている投資マインドが萎んでしまう。

自分にとって必要のないことならそれでも構わないのだが、

マーケットはすでに私の一部となっている。

これからの私は、今まで以上にマーケットを感じながら生きていくと確信している。

だから手抜きはあり得ない。

今の私は、自分なりのマーケットの見通しがオートマチックに浮かんでくるようになっているが、

まだまだ知らないことが多い。

見えているようでも、ところどころボンヤリしている。

信用取引、為替、不動産投資など、理屈だけなら知ってるつもりだが実はよくわかっていない。

株式テクニカル分析やファンダメンタルズについてもごく一部しか理解できていない。

投資がなんたるかをもっと知る必要がある。

そしてさらに自分なりの分析を深められるよう、力をつけなければならない。

その上で初めて、アフターコロナの私なりの見通しが浮かんでくる。

次世代のエネルギーは、どのようにしてどこへシフトしていくのか。

半導体需要を巡る動きからも目を離せない。

変異株の新規感染者数が増えてきており、ワクチンの有効性についてもわからないところがある。

コロナは早期に収束するのか。

オリンピックは開催できるのか。

世界経済は期待どおりに上向くのか。

4月中旬まではほっといても株価は上がると思っていたが、意外とそうでもない。

私の持つアメリカ株は、今は売るものがない。

コインベースを少しだけ買うつもりでいる。

日本株は、以前から売りたい銘柄が少しあるが、売りのチャンスを逃してしまったかもしれない。

今は基本的に株は上がり続けると思っている。

だから短期的な値動きに神経質になることはないが、

いくつかの要素が複雑に作用し合うことによって中長期的な見通しも変わってくるかもしれない。

いきなり株が暴落する可能性も頭の片隅に入れている。

予想はするが、一点張りはしない。

大事なのは、予想を的中させることなどではなく、

考えうる全ての可能性に配慮し、何が起きても平気なように準備をしておくことだと思っている。

今は準備不足を感じている。

頭の中で情報の交通整理ができていないので、判断が鈍りやすくなっている。

こういう時こそ注意が必要。

今朝、散歩していたらネコヤナギの木が目に飛び込んできた。

老眼のせいか、つぼみを凝視しようとしてもはっきり見えない。

スマホのカメラ機能で見ようとしても、後ろの景色に焦点がいってしまい、よく見えない。

自然の中で目を使っていけば、視力矯正できるだろうか。

ネコヤナギがきちんと見えるように、ズレているピントを合わせていきたい。