166年前に松浦武四郎が宿泊した場所に立つ

以前から探していた松浦武四郎の宿泊地碑を見つけてきた。

場所は、岩見沢市北村美唄達布。

私の家から約17km。DRで20分ほどの距離。

住所は岩見沢だが川の向こう側は新篠津村である。

たしか去年もこの辺りまで来たのだが、草薮に隠れていて気づけなかった。

今の時期は雪に埋もれているかもと思ったが、逆に見つけやすくなっていた。

2年前の2019年は北海道命名150年。松浦武四郎ブームに沸いていた。

私もいくつかの書物に目を通し、武四郎が歩いたルートの一部を歩いたりしてきたが、

知識が定置しているわけではない。

道内には約30の武四郎関連の記念碑が立ち、空知だけでも7箇所ある。

今年は可能な限り現地に足を運んでみたいと思っている。

私が着目しているのは、

武四郎に同行したアイヌの人々のことである。

今日訪れた碑にも武四郎に同行したアイヌの名が記されていた。

当たり前のことだが、

私の住む空知にもかつてたくさんのアイヌがいた。

北海道の開拓以来の歴史を考えた時、

アイヌ民族のことを素通りすることはできない。

学校では教えてくれず、資料館にも展示されていない、

伏せられてきた歴史がある。

「聞いたことがないから知らない。」では済まされない。

北海道の地名の大半はアイヌ語由来である。

身近にたくさんのアイヌ民族の方々がいる。

私たちは、これだけでたくさんのことを想像することができる。

いくらとぼけても、ごまかしても、目を逸らすことはできない。

北海道の誇るべきものは、

美しい景色や美味しい食べ物だけではない。

大自然に根ざし、大切に引き継がれてきた独自の精神文化にもっと目を向けるべきであるが、

歴史を直視しようとしない姿勢が、それを妨げてしまっている。

残念なことにすっかりこじれてしまっている。

だが、そこに怒りをぶつけていても仕方がない。

議論や説明も必要だろうが、

今の私は違う路線を考えている。

自分一人でもいいから、学び、小さなことから一つずつ実践していく。

大切にすべきは、

この地で育まれてきた精神だと思っている。

どんないでたちでどんな儀式に出たとか、

誰と一緒だとか、

そんなことに価値があるのではない。

私はこの地で大自然と対話し続ける。

私はアイヌ民族ではないが、

この地に伝わる精神文化をしっかりと受けとめていきたいと思っている。

縄文以来の精神文化は、

北海道に住む者が広く共有すべきものであり、

アイヌ民族だけのものではない。

知識として知っていればいいと言うものでもない。

その精神の根底に流れているものは、

過去のものとして博物館や書籍に閉じ込めてはいけないものであると思っている。

私は、

血ではなく、地だと思っている。

アイヌであってもなくても、

この厳しくも優しい大自然の中で、

ともに手を取り合い、助け合って生きていく。

これこそが、この地で先人が大切に育んてきた精神だと思っている。

武四郎は独りで蝦夷地を踏破したわけではない。

たくさんのアイヌの協力があったからこそなし得たことを忘れてはならない。

私たちが今一番に学ぶべきは、その精神ではないだろうか。

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