何事も認知されるまでには時間がかかる

春分の日を過ぎたのに、今日はなんだか寒い。

雲が厚いのかあまり明るくなく、雨音がする。

どんよりした空からベチャベチャの雪が落ち、また少し積もっている。

そう言えば、

昨夜は久しぶりに札幌に行ってきたが、

大学時代からの友人と会っていたその時に、東北で強い地震があったっけ。

そんなことを考えながらボケっとしていたら、

今度は26年前の3月20日は地下鉄サリン事件が起きていたことを思い出した。

何故こんなことばかり思い出すのだろう。

理由などどうでもいいが、

この際なんとなく浸ってみる。

私の場合、若い時からやりたいことがあるのに、ほとんど後回しにしてきた。

今はできることから始めているから別にいいのだが、

昨夜の私は、古い友人との間に意識のギャップを感じていた。

私の立ち位置が微妙に変化していることに気づかれたり、気づかれなかったり。

すぐにわかってもらえなくても構わないが、

今の私は挑戦しているということを、

半分でもいいからわかって欲しいと思う気持ちが、私の中にはあった。

私は、若い時から周りの人に自分のことをわかって欲しいと思っていたが、

口にしてこなかった。

口にしても仕方がない。

やることをやれば、自然とわかってもらえる。口にせずともわかってもらえる。

そう思ってきた。

そこのところは今も変わっていない。

春分の日が過ぎ、春が来ているが、

季節は急には変わらない。

三寒四温だし、

時々、春一番のような強い風も吹く。

行動を始めている分、以前のような焦りはないが、

今は少し寂しさを感じている。

嫌な感じはしない。

どちらかと言うと、少し快感。

名残り雪もやがてきれいにとけて、

季節が確実に変わっていく。

新しい季節を全身で受けとめていきたい。

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