赤平の炭鉱遺産ガイダンス施設に行ってきた

昨日、家族で赤平の炭鉱遺産ガイダンス施設に行ってきた。

奥に聳えるのが、

かつて東洋一と謳われた、旧住友赤平炭鉱立坑。

館内には炭鉱の歴史が学べる資料がずらり。

赤平の住友立坑は平成6年まで操業。設備が比較的新しい感じがする。

ここまで来たら、

ガイド付き見学800円を申し込む。

普段は外から眺めるだけの立坑櫓の中へ。

ここは立坑櫓ヤード(操車場)。線路にトロッコなどが並んでいる。

坑夫が坑内を移動する際に使用した乗り物。

私には狭くて乗り込めなかった。

これは巨大なエレベーター。これで坑夫や採掘した石炭を運んでいた。

一度に72名が乗れ、秒速12mの速さで移動できる。最深部の地下550mまで1分足らず。

直径5mのドラムを電気で回し、輪状のワイヤーでエレベーターを上下する仕組み。

これが直径5mのドラム。

ドラムは三菱造船広島工場の製品。当時の炭鉱立坑設備は、造船会社が技術を独占していたとのこと。

とてつもなく頑丈なワイヤー。当たり前だがめちゃくちゃ重たい。

ドラム操作室。安全確保のためのシステムが張り巡らされているが、運転者の責任は重大。

立坑の頭脳となっていた各種制御システム。

ドラムを動かすためには膨大な電力を必要とするが、坑内から出てくるメタンガスなどを使ってほとんど自家発電で賄っていたとのこと。

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場所を移し、地下坑内の石炭掘削作業について。

こちらが坑内で使用された自走枠(ドラムカッター)。

2つの車輪のようなドリルが上下左右に動くことにより、削り取った石炭を内側に取り込み、コンベアーで後方へ運ぶ仕組み。

1台1億超の非常に高価な機械。人員が少なく済み作業効率もいい。

ただ、地層の傾斜が緩やかな場所でしか使えなく、傾きの大きい赤平では主力とはならなかったとのこと。

明治以降、石炭産業は国策として進められてきたが、

中東で大規模油田が見つかってからは減産を余儀なくされ、道内に多数存在していた炭鉱も次々と閉山。

住友赤平も最新の立坑設備等に膨大な資金を投入していたが、平成6年、惜しまれながら閉山に追い込まれている。

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原油によるエネルギー革命以降、国策産業の流れは原子力開発に引き継がれてきた。

今、原子力から再生可能エネルギーへの移行の必要性が叫ばれているが、

エネルギー政策の転換は簡単ではない。

エネルギー政策の歴史について、私たちが知るべきこと、学ぶべきは多い。

3件のコメント

  1. 技術に乾杯。ほれぼれする技術が嬉しい。地下550mが最深部という事は、地球の表面がその位置で、大きな大木が繁茂していたのでしょうね。それから地球が太陽の光を浴びて大きくなったと考える。最近は街もコンクリート化して、植物や巨木が消えて地球の命が寂しくなったようです。

    • 凄い技術ですよね。住友立坑は1,000mまでは普通に降りることのできる想定で設計されていたようです。
      まだまだ石炭を掘るつもりでいたのに埋蔵量の6%を掘ったところで閉山となってしまったと。
      北海道の辺りも地殻変動が激しく、昔は海でした。隣町の三笠などではアンモナイトの化石がたくさん出てきて、非常に興味深いです。

  2. 教えて頂きありがとうございます。1000mですか。アンモナイトの事もとても興味があります。どれ程の大きなアンモナイトが、どの時代の生息していたかと。原油が埋蔵されている地殻も、その当時の生物が生息していた地表と思います。地球の歴史は謎のままと。

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