森喜朗はギャグでしょ

森喜朗東京オリパラ組織委員会長の発言が取り沙汰されている。

森会長は昨日、

女性蔑視とも受け取れる発言をしたことについて、その発言を撤回し謝罪したが、

この人は今までも差別的な言動を繰り返してきた。

そして何度謝罪しても変わることはなかった。

失言のレベルをはるかに超えている。

そのように感じている人も少なくない。

だが私は、このお爺ちゃんのことは嫌いではない。

勘違いしたままのお爺ちゃんは世の中にたくさんいる。

今さらもう直せないのだ。

誰もが最初からわかっていたはずである。

良い悪い、好む好まないに関係なく、どうしようもない人は多く存在している。

私たちはその中でうまくやっていくしかない。

森喜朗も自分の行動がどんな結果をもたらすか想像することができない人である。

たしかに頭が悪いと思うが、

わからない人にはいくら言い聞かせても通じない。

事実、このお爺ちゃんは一つも進歩していない。

事が起きるたびにバカだアホだと言う側がくたびれるだけである。

この人がこういう人で、死んでも変わらないというのは最初からわかっていたはずだ。

まずいと思うならやらせなければいい。

本人がやりたいと言ったとしてもやらせなければいい。

それだけのことではないか。

私が不思議に思い、腹が立つことがあるとすれば、

この人にこの役割を任せた人がいるということだ。

森喜朗をいくら叩いても何も出てこない。

森喜朗は一生懸命やっていると思う。

今回の一連の発言にも驚くことは一つもない。

森喜朗なら当たり前のことばかりである。

私はギャグでこの人に会長をやらせているのだと思っている。

反面教師としての役割も十分に果たしてくれそうである。

あらゆる個性を受け入れていこうという、

多様性を認め合う社会のムードを作るのがこの人に課せられた使命なのだと、

そのように解釈して眺めている。

実は、10年前に他界した私の父が森喜朗にどことなく似ている。

見た目だけでなく、思考にも一部近いところがあるような気がしていて、なんとも言えない愛着を感じている。

見れば見るほど、可愛いお爺ちゃんに思えてくる(笑)

繰り返すが、

この人がこういう人だというのは最初からわかっていたはずだ。

森喜朗は一生懸命やっている。

嫌ならやらせなければいい。

「皆さんが邪魔だと言われれば、老害が粗大ゴミになったのかもしれませんから、そうしたら掃いてもらえばいいんじゃないですか。」

実際、本人もこう言っている。

この人のやることをギャグとして受けとめるのでなく、

本当に排除しようと思うなら、

この人を担いだ者を質した方がいいと思う。

私は、

森喜朗は、

冗談の通じないつまらない世の中に笑いを巻き起こしつつ、

反面教師として、この世から差別や偏見をただしていく、

そうした役割を持ってこの星に生まれてきた人だと思っている。

6件のコメント

  1. 全く同感です。
    もう変われない人をどうこう言ってるこちらがくたびれるだけで、時間がもったいないですね。
    ですのでゆたかさんが仰るとおり、彼を担いでる者は今後にも影響がでますので、質するべきだと思います。
    別方面、特に海外では日本のブランドが下がる並のジェンダー関連の問題発言になってしまいました。これは実は今に始まったことでないのと相当時間過ぎても変わらない実態ですので、ゆっくり直していくことになるんでしょうか。

    • そうですねー
      個人的には、会長がどんな人でどこで何を言おうが、それはその人の問題であり、オリパラとはまったく関係のないことだと思っています。変な人はどこにでもいるのでいちいち反応していてもきりがない。変なことは誰であれ相手にしない。権威なんかに振り回されず、社会全体としてまっとうな道を目指せばいい。私はそう思っています。

  2. 今日はパソコンの機嫌がよかったのか「いいね」できました。
    「いいね」したくない記事ネタでしたが(笑)
    発言はギャグでしたか?ですよね!
    でもお笑いタレントにはなれないです。
    今さら何を言っても無駄と言うかアホらしくなります。
    国内的には「反面教師」で良いのですが
    世界中の人たちが見る日本人を同類だと思われると嫌になります。
    選んだ人が居る訳ですが、なんとか早く消えて欲しいです。

    • ですよねー。世界的に影響の大きい会長ですからね。腹も立つし、辞めさせたくもなります。
      ほかに適任で能力の高い人がいくらでもいるのですから。
      ですが、それはそれとして、会長だろうが何だろうがくだらない発言は相手にしなければいいだけだとも思います。会長の発言にオリパラ開催が左右される必要などないはずです。誰が何を言おうと、なすべきことは変わらない。大きく脱力はしますけどね(笑)
      森喜朗という人がどんな人物なのかは最初からわかっていることなので、がっかりすることも恥じる必要もない。日本人がみんな森喜朗みたいなのだと思う人もあまりいないと思います。
      だから、誰が会長だろうが、会長などいてもいなくてもそこまで重要な問題ではないと、私はそう思っています。
      森会長は差別そのものを理解できていないようですが、他にもわかっていない人はたくさんいます。多様性を認め合う観点から森喜朗の物事の考え方は相応しくないという見方もありますが、
      森喜朗のような人も排除しないことが本当の意味で多様性を認めることだと考えることもできます。
      私は、時間がかかると思いますが、最終的には森喜朗のような頭の悪いお爺ちゃんをも優しく包み込む社会が理想だと思っています。

      • なるほど森元首相のような人種も含めて多様性ですか?
        そして包み込む包容力!なんて奥深いのでしょう。
        自分の薄さも認識しましたヨ(汗)

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