気づいて欲しいこと

人間関係は簡単ではない。

半分は自分の意思だが、半分は相手しだいであり、全て自分の思いどおりになることはない。

どんなに上手くやっていても、すれ違ったり、衝突したり、しこりが残ることもある。

若い頃はそのたびに心を痛めてきた。

痛みを感じるのは今も同じだが、これは仕方がないことだと思っている。

私としては、自身の心に従い無理のない範囲で相手を尊重して接するだけである。

会話は、

自分から話しかける場合と、話しかけられる場合がある。

多くの場合、

相手に関心がある時にこちらから話しかけ、

相手から関心を持たれている時に話しかけられる。

これが自然な関係だと思う。

関心を持たれるのは嬉しいことだし、関心を持たれたら、こちらも相手に関心を持つ。

こうした相互エネルギーの交換は心地好い。

だが、

話しかけられるのだが、相手がこちらに関心を持っていない場合もある。

相手は一方的に自分の話を押しつけたいだけであり、

私とエネルギーの交換をしようと思っているわけではない。

要するに自分勝手。

これに付き合わされると、ほとんどの場合、苦痛になる。

こちらが黙っていても向こうは喋り続ける。

こちらから聞きたいことがあっても、

そこから勘違いされてさらに要らない話を押しつけられるだけなので、

何も話す気がなくなる。

私は黙り、向こうは喋りまくっている。

こんな時、私はほとんど話を聞いていない。

関心を持たれてるわけでもないし、自分勝手で無神経な人には私も関心がない。

何もかもが無駄なのである。

できるだけその場を離れるようにしているが、抜け出せないこともある。

もちろん、一度や二度で決めつけることはしない。

何度か指摘してみても伝わらないとか、言ってもわからないことが明白な場合、

本意ではないが私は諦めている。

ちょっとしたことで気づいて修整する人もたまにいるが、そんな人は稀である。

自分の話をしたがる人は多い。

だが自分のしたい話は、いきなり始めても相手の耳には入らない。

ちゃんと聞いて欲しいなら、相手から関心を持ってもらう必要がある。

相手の気持ちに関係なく一方的に喋りまくるのは、失礼な態度だと思う。

そうならないように、まず自分が相手に関心を持つことである。

自分に自信がなかったり、承認欲求の強い人は、つい自分中心になり、相手のことが後回しになることが多い。

いかにも他人のことを考えているように振る舞っていたりするが、

結局は自分中心であり、人の話は聞いているふりだけ。どんな話もみんな自分の話したいことに引っ張りこんでしまう。

そんなのは会話と呼べるものでもなく、とにかくつまらない。

付き合わされる方は、心の中で興醒めしてしまう。

これでは次に繋がらない。話を聞いてもらえなくなる。

そんなに誰かに聞いて欲しい話があるのなら、

他人が何を欲しているか、想像することもできるはずだ。

そこにヒントがあると思う。

実は、私の周りにも一方的にマシンガントークを浴びせてくる人がいる。

会うたびに私はぐったりしている。

もうとっくの前に諦めているが、切っても切れない縁なので、私の中に諦めたくない気持ちもある。

頼むから気づいて欲しい。

祈るような気持ちである(笑)

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