コロナ感染者の定義って誰かわかる?

報道によると、新型コロナの新規感染が今も止まらない。

四六時中、新聞もテレビもネットもその話で埋め尽くされている。

だが正直なところ、私には何がどういうことなのかよくわかっていない。

まず、発表されている感染者の定義がわからない。

厚労省のホームページを見てもいまいちわからない。

よくわからないのだが、

ムードとしては、

PCR検査で陽性反応の出た者が感染者だと認識している人が多いと感じている。

本当にそうなっているのか。それとも少し違うのか。

そう思って調べても煙に巻かれるばかりで、やっぱりよくわからない。

私は保健所に長く勤務していたので割と知っている方だと思うが、

知りたいことが、肝心なところがわからない。

多くの人が疑問に思うことであり、もっとも基本的なことのはずだか、どこを調べても明確な回答を見つけられない。

コロナが医学的に十分に解明されていないということはわかる。

だが、感染者については、感染者の定義があるから数字が出ているはずである。

そこのところが、感染者の定義が社会的に理解、共有されている必要があるはずだが、

このような肝心なことがあやふやにされてしまっている。

PCR検査の精度についても様々な指摘があるが、

PCR検査の効果や社会的位置づけはどこでどのように整理され、一般に理解、浸透していると言うのか。

毎日当たり前のように報道され、あたかも共通認識が確立されているようなムードに支配されているが、

少なくとも私にはさっぱりわからない。

PCRの精度は60〜70%だと言う人もいる。

検体の採取の仕方や感染からの時間に左右されるとか、擬陽性だけでなく擬陰性も相当出るとか、ただの風邪も拾ってしまうとか、様々な指摘があるが、

データや意見だけでなく誤情報までもが散らかっているだけで、本当にわかっている人などほとんどいないのではないか。

逆立ちしてもわからないものは、それは仕方がないと思う。

だが、私の感想を言うとすれば、

精度も生かし方もよくわからないPCR検査に明確な根拠もなく、だらしなくもたれ掛かっているのが今の社会、ということだろうか。

行政や専門機関はもっと正直に、

自覚と責任を持ち、

わかっていることとわからないことを、平易な言葉でわかりやすく一般に伝えるべきではないか。

もっともらしい言い回しで大衆を煙に巻くのはそろそろ止めるべきではないか。

今の厚労省のホームページを見ても思うように、行政機関に世間を煙に巻く姿勢が目につく。

私も公務員として27年働いてきたが、

こうした(一般を煙に巻く)ことに知恵や労力を注ぎ続けるのをバカバカしく思っていた。

これも早期退職を決断した理由の一つと言える。

PCR検査は、しないよりはした方がマシであろう。

PCR陽性反応をどう扱ったらよいか、明確な答えを導き出せないでいるのもわかる。

であれば、それをそのままわかりやすく伝えればいい。

中途半端にわかってるようなふりをするのは止めた方がいいと思う。

世間を煙に巻くことにより、責任は取らないが権威だけはしっかり掴んで離さないと言うのが当たり前のようになっているが、

そんな構図に気づき、辟易している人が増えている。

何かを信奉するとか、どこかに依存していないと落ち着けない人が巷に溢れているのも事実だが、

そうした人たちを適当にごまかし、今の地位に安住するだけで、実効性のある仕事を放棄するのはそろそろ止めた方がいい。

こうしてあれこれ言ってみても、

感染者の定義やPCR検査の意味については結局わからないままなのだと思う。

そして世間は、よくわからないまま、なんとなく全体のムードに流されていく。

今回のコロナに限らず同じようなことがずっと繰り返されてきたので、

「またか。」としか私も思わないが、

心身をすり減らす思いで懸命に働いている医療従事者や、人生のプライドをかけて観光や飲食業に携わってきた人たち、未来のあり方などを考えると、

個人としても社会としても、これからはつまらない慣行を乗り越えていかないといけないと思う。

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