認知バイアスを意識する

今日12月8日は、日本が真珠湾を攻撃し、力道山が若い組員に刺され、ジョンレノンがチャップマンに撃たれた日だが、釈迦が悟りを開いた日でもあるらしい。

世界大戦に至った背景、錯乱に巻き込まれる理由などについても様々なことが語られているが、私たちはそれぞれの出来事や仮説にいちいち色をつけたがる。

物事をどう解釈するかは人それぞれであり、私たちは常に強力な認知バイアスに縛られて生きている。

人間は目の前で起きていることに意味を乗せ感情的になるものであり、歴史がそれを物語っている。

仏教について詳しくは知らないが、釈迦の悟りは認知バイアスを克服することが主眼であったと理解している。

だが、私たちはバイアスを完全に断ち切ることができるだろうか。

バイアスに縛られていることを意識するのは大切だが、バイアスを断ち切ることを目指すべきなのかは私にはわからない。

私もバイアスに縛られている。幼少期からの思い込み、刷り込みに縛られて生きている。

ある程度自覚はできているつもりだが、気づいていないところもあるだろう。

とりあえず無理のない範囲で気づいていきたいとは思う。

5年前、次女が突然の病に倒れたのをきっかけに、

ここ数年で私の中のパンドラの箱が立て続けに開かれていくような感覚がある。

痛みを伴うが、全体としては喜びを感じている。痛みを伴うが、全体としては喜びを感じている。

大雑把に言うと、私たちは元々恵まれているのだという気持ちになる。

私たちは勝手に勘違いして怒ったり拗ねたりしてるが、ほとんど全てのことはありがたいことばかりだと思うようになってきた。

戦争や犯罪に巻き込まれて死んでしまうとかも含めて、大きな視点に立てば、良くも悪くもないと思うところがある。

環境を汚染、破壊し、自分たちの首を絞めるのも宇宙の視点に立てば、良くも悪くもない。

水が高いところから低いところのに流れるのと同じように、必然的に物質が流動しているに過ぎない。

私たちは生身の体に様々な刺激を受けとめ、反射的な行動を取ることもあれば、過去を悔んだり反省することもある。

それら全て、自然現象のように考えることもできる。

人々の様々な思いが蓄積されていくことによって、思考が変わり、行動が変わり、全体としての物質の流れも変化していく。

戦争は起きなくなり、犯罪も減り、人と宇宙が一体化していくのかもしれない。

元々人も宇宙の一部なのだから、何も変わっていないのだが。

今夜は釈迦を思い出したおかげでそんなことを考えている。

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