三陸をなぞりながら感じていること

今日は八戸から大船渡まで、車で三陸海岸をなぞるようにして約250kmほど南下してきた。

震災後の三陸とは何かしら縁があり、繰り返し訪れる機会に恵まれてきたのだが、そのたびに変化を感じている。

まず、

各地で防潮堤の設置が進み、海が見えなくなってきた。

被災直後は多くの防潮堤が流されてしまっていたため視界を遮るものが少なく、海が大きく見えていた。

見えていただけでなく、地震による地盤沈下で海面と地面の高さが近くなっていて、海をより身近に感じていた。

大津波からまだ日が浅い上、余震も多く、誰もが海の怖さ、存在感を感じていたように思う。

だが今は、

地盤沈下していた箇所の多くは嵩上げされ、新しい防潮堤が築かれて海がほとんど見えなくなった。

あの大震災から間もなく10年が経とうとしているが、

日々刻々と、私たちの日常から海が切り離され遠くなっているように思う。

他の人がどう感じているかわからないが、

私は、海が見えないことが気になっている。

今日は、防潮堤の内側を走りながら、

防潮堤の向こう側の、そう遠くないはずの海を遠くに感じながら、

どこか落ち着かない気持ちになっていた。

八戸では毎週日曜に開催されている全国でも有数の大きな朝市に行ってきた。

種差海岸や小袖海岸では美しい景色を堪能し、

田老、大槌などでも、震災の記憶を残しながらも力強く立ち上がろうという空気を感じることができた。

明日は陸前高田、気仙沼、南三陸、女川、石巻と歩くつもりでいる。

天気が悪いので予定どおりにならないかもしれないが、全て見ておきたい。

今の私は、

被災からの立ち直りを感じながらも、同時に落ち着かない感覚がある。

なんとなく落ち着かないが、明日も三陸を全身で受けとめてみようと思っている。

それにしても今朝の八戸、館鼻岸壁朝市は凄かった。

まだ日の出前の薄暗いうちからたくさんの人が来ていた。

私も温かいご飯に吸い物、魚の唐揚げや焼き鳥などをいただいた。

朝市には肉や魚、野菜に果物などが溢れ、天からの恵みの有り難さをあらためて感じることができた。

私たちは大自然とどう向き合っていけばいいのか。

そんなことを考えながら眠りにつくことになりそうである。

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