会わないことも愛のひとつの形

親や兄弟と会ったり話すことが減っている人は意外と多い。

それぞれ忙しくしているし、

別に喧嘩別れとかでなくても、なんとなく距離ができていたりするもので、

このまま死ぬまで会わなくてもかまわないという人もいる。

実は、私もそう思うことがある。

こう話すと「薄情ではないか」と言う人もいるが、

私はそうは思っていない。

産んで育ててくれた親への感謝の気持ちがなくなることはない。

幼少期にともに過ごした妹弟との思い出もとても大切なものだ。

親も妹も弟も、みんな幸せでいて欲しいと願っている。

そして私がそう思うのと同じように、親も妹も弟も、私の幸せを願ってくれていると思っている。

だから私は、親や妹や弟のためにも自身の人生をまっとうするつもりである。

そう考えると、別に会わなくてもいいと思うのだ。

互いに会いたくなれば会う。

そうでなければ、会う必要はない。

それぞれが充実した時間を過ごしているのだから、それでいいと思う。

私はできるだけ楽しい時間で埋め尽くしたいと思っており、

「楽しそう」という直感を優先している。

正直なことを言うと、

血のつながりに関係なく、常に不満を抱えていて依存的な傾向の見られる人とはあまり会いたいと思わない。

嫌な気分になりやすく運気が下がるというのもあるが、

その人に対して抱いている良いイメージが壊れてしまう可能性がある。

それで「今は会わないでおこう」と思うことがある。

親子や妹弟でも、会いたくない時には会わなくていい。

会うことよりも、互いの幸せと人生を尊重し合うことが大切だと思っている。

これは、誰に対しても同じ気持ちでいる。

2件のコメント

    • イライラしていたり価値観を押しつけてきたりする人とは、会っても疲れるだけなので。
      互いのために会わない方がいい場合もあると思っています。

      いいね

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