ベーシックインカムを多面的に眺めてみる

ここのところ竹中平蔵や国民民主党などがベーシックインカムの導入について触れ、話題になっている。

私たちはつい、もらう側としてのメリット、デメリットばかりに気を取られがちであるが、

ベーシックインカムが議論されるようになった背景についても今のうちに考えておいた方がよさそうである。

少子高齢化で国内市場が縮小していく中、

新しい時代の需要に応えるべく、企業は成長性の低い事業をたたみ、労働力を再配置していく必要がある。

もしこのまま産業構造の転換と雇用の流動化が進まなければ、

国力は急速に低下し、社会保障制度などの基本的なインフラの維持が難しくなることも想定される。

こうした中においてベーシックインカムが議論されている。

あたかも選択可能な一つの道筋のようにとらえられているが、

実は既に相当に差し迫った状況にあり、

近いうちにベーシックインカムに移行するしかないのではないかと、私はそう思っている。

ベーシックインカムが導入されると、

今までのようにあくせく働かなくても生活することができそうであり、失業することが今ほど怖くなくなるとも言われている。

その大衆心理を利用し、

いったん企業と労働者を切り離すことにより、産業構造の転換と雇用の流動化を加速化させることが期待されている。

つまり、

「ベーシックインカムにより、産業構造を転換し雇用の流動化を進めながら、同時に作り出した果実を再配分する。」

と言い換えることもできる。

さらに俯瞰して考えてみると、

権力による大衆支配のあり方が変化しつつあることにも気づく。

今までは労働を強いることにより大衆を支配してきたのだが、

これからの時代は大衆を労働に縛りつけておくことはできない。

ベーシックインカムは大衆を労働から解放する代わりに、大衆の権力への依存度を高めていくと考えることもできる。

他にも、AIとか貨幣価値の変動とか色々あるのだが、

とにかく、個人的、短期的な損得勘定だけでベーシックインカムをイメージしていると危険だと思っている。

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