毒親が悪いわけではない

以前の私は強い不安と迷いの中にいた。

今も、不安も迷いもあるにはあるが、あまり気にならなくなっている。

わずかでも挑戦を始めているからだと思う。

失敗もしているが挫けない。

前に進むことが楽しくて、不安も迷いもたいしたことではなくなっている。

この感覚は生まれて初めてのものである。

公務員時代に感じていた抑圧も相当なものだったが、

冷静に振り返ってみると、私の場合は幼少期から強い抑圧の中にいた。

常に強い不安の中にいて、それが当たり前になっていた。

母親のことを書くと母親を悪者にしていると思われそうなので、今まで書かないでいたが、

私の母親は毒親である。

私は児童相談所でも仕事をしてきたのでよくわかるのだが、

世の中には毒親がたくさんいる。だから私の境遇が特別だとは思っていない。

だが、私の母親もかなりの毒親であった。

母親本人に悪気はないのだが、

私には母親に甘えるとか頼るという発想がない。

抱っこされた記憶もないし、されたいと思ったこともない。

母親とは、私の気持ちに無関心な生き物だと認識している。

いつも不機嫌で誰かの悪口を言うものであり、

私や妹たちは理不尽に怒鳴られたり叩かれたりしてきた。

母親とはそういうものだと思っていた。

私の心と身体は痛めつけられ、それを隠すために、感情を無くしてしまうような生き方をしてきた。

…と、少しでも書くと悪口みたいに見えるので今まで書けなかったのだが、

これは冷静に振り返っているだけのことである。

母親が生んでくれたから今の私があるのであり、心から感謝している。

そして、だからこそ、今の私は母親との間に距離を置いている。

私が私らしく生きることが、母親への恩返しだと思っているからである。

年を取った母親を大事にしろよと言われるが、

会うことによって気分が悪くなり、自分らしくできなくなってしまうことの方が親不孝だと思っている。

一昨年の春まで、私は長男として母親と最後まで向き合うつもりでいたし、実際によくやってきた。

だが母親に寄り添ってきた49年間は、私が無駄に消耗してきただけであった。

今までが間違いだったとは思っていないが、これからは私自身の人生を全うすべきであると、そう確信している。

私は児童相談所で働いていた時、会議中に意識が飛んでしまうことが何度もあった。

私の中に刻まれている過去を思い出したくなくて、幼少期から仕掛けられている自己防衛装置が作動したのだと思っている。

意識が飛んで真っ白になるたびに言葉にならない苦痛と激しい疲労を覚えた。

とても仕事どころではなく、ごまかしきれないとも思った。

私は今まで何を感じてきたのか。私はこれからどう生きていくべきなのか。

こうしたことに向き合うのは非常に辛いことであったが、

おかげで私は自分の人生を歩き始めることができた。

ここまで歩いてこれたことにあらためて感謝している。

生きていれば、色んなことが複雑に絡み合い、絶妙のタイミングで降りかかってくる。

世の中に悪いことなんか無いと思う。

毒親も毒親なりに一生懸命生きている。誰も悪くなんかない。

3件のコメント

  1. その気持ちよくわかります><
    私も滅多なことがない限り、実家に帰らなくなってしまいました…。
    保育士時代めちゃくちゃ辛かったですが、それだけ私の中でも強烈なんだと思います…。

    いいね: 1人

  2. Aoi Yumeさん、コメントありがとうございます。自分の奥深くに固く封印していたはずのものを、何かの弾みで取り出してしまうことがある。怖いことですが、取り出してみると、新しく色んなことが見えてくるような気がします。

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