大震災の記憶

Facebookの過去記事をチェックしていたら、自分のある投稿に目がとまった。

ちょうど6年前の今日、私はトランザルプで東日本大震災の津波被災地を巡っていた。

あの頃の私は、震災の記憶を何らかの形で自分の中に留めようとしていた。

胸のつまる思いで撮った数々の写真。

震災から3年半が経っていた被災地の様子がまざまざとよみがえってくる。

少しだけ、振り返ってみる。

これは一見穏やかに見えるが、3年経っても地盤沈下の影響で海面スレスレの大船渡細浦漁港。

大規模な嵩上げ工事をしていた陸前高田。

最上階まで浸水した気仙沼市立向陽高校。

貴重な震災遺構として今も保存されている南三陸町旧防災対策庁舎。

石巻市立大川小学校。

急ピッチで復興を目指す女川漁港。

…これらはほんの一部。

あの時もそうだったのだが、ズシンと胸に響くものがある。

記憶をなぞるにも体力が要る。

2011年3月11日の大震災発生から2014年9月まで、

私は6度にわたり様々な形で三陸の津波被災地を訪れていた。

現地で繰り返し刻まれてきたものが、私の中にある。

だが、今の私には語れない。書けない。

ちょっと今は、言葉が出てこない。

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