第21回絶滅種鎮魂祭

ある祈りの儀式に参加するため、昨日から屈斜路湖畔に来ている。

第21回絶滅種鎮魂祭。

人間の開発行為などにより地球環境は汚染、破壊されてきた。

そのために今も多くの生物が絶滅したり絶滅が危惧されたりしているが、

そうしたことに対して、それぞれがそれぞれの思いで祈る儀式である。

世界にもほとんど類を見ない、希少な祭だと思っている。

例年、地元の有志をはじめ、国内外から政治家、官僚、芸術家、知識人など百数十人が集まる、知る人ぞ知る一大イベントである。

この祭を思いついたのは、屈斜路コタンに住むアイヌ民族の某エカシ。

エカシは芸術家であり、実業家としても成功してきた人物。

私財を投じ、祈りの場、演舞ステージ、客席などを全て手作りで作り上げ、20年以上前から毎年この祭を続けている。

祭そのものは年に一度だが、その思いは24時間365日途切れることがない。

祭の数ヶ月前から、趣旨に賛同する有志が入れ替わりでこの地を訪れ、手作りの会場整備に汗を流している。

厳しい風雪にさらされ続けるステージや客席などの強度を確認し、建築廃材などを再利用しながら地道な補修工事を繰り返す。

私自身も6年前にエカシと出会ってから可能な限りこの作業に参加している。

祭が近くなると、薄くなった塗装を塗り直し、奉納演奏や演舞のための照明音響設備を設置、調整し、入念な確認作業を繰り返す。

祭が始まると、酒やごちそうを絶滅種の魂へお供えし、鎮魂の思いを込めた祈りの儀式を行う。

その後、地球と人間の関係などについて考えるシンポジウム、それぞれの思いを込めた歌や踊りの奉納演奏が披露される。

今年の私は、神々に捧げるためのお酒を吟味するという、大切な役を授かっている。

また、昨年に続きシンポジウムのコーディネーターを務める。

奉納演舞では篝火の前に立ち、空と海と大地の神々にお神酒をささげ、大地を踏みしめながら鎮魂の祈りを込めて踊る。

カント オロワ ヤク サクノ アランケプ シネプ カ イサム

これはアイヌ語で、「天から役目なしで降ろされてきたものは一つもない」という意味である。

この祭の参加者にもそれぞれに必ず役割がある。

祈る人、歌う人、楽器を演奏する人、踊る人、ごちそうを作る人、掃除をしたり会場作りに精を出す人、なんでもいいから何かしらの形で参加する。

この祭にはただの見物人や傍観者は一人もいない。

それぞれが大地の恵みに感謝し、それぞれの思いを込めながら、この祭に臨むのだ。

今年はコロナの影響もあり80人ほどの参加者となるが、

来れなかった人の分までみんなで祈りたい。

また今年は、例年の流れに加え魔を祓う演舞も行われる。

アイヌ民族は、コロナなどの疫病を敵視するのではなく、その存在をも認め、共存する精神をベースに持っている。

疫病の元は常に人間の近くに存在しており、普段は私たち人間との棲み分けができており、均衡が保たれているのだが、

それが人間に牙をむき、感染症が蔓延するということは、その関係性のバランスが崩れていると考えることもできる。

バランスが崩れている理由は、もしかしたら人間の側にあるかもしれない。そこには、私たち人間への何らかの警告、メッセージが潜んでいるのかもしれない。

そうした自省の念を抱きつつ、疫病が人間に悪さをし過ぎないよう祈るのだ。

日が昇り、明るくなってきた。

これから忙しくなる。

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