権威に屈しない生き方

今の日本社会、民主主義を掲げながらも実際にはかなり権威主義的だと感じている。

権威は民主主義の対極にあるとも考えられ、私は、今の日本は民主的な国家だと思っていない。

現に一般の人が自由に発言することは難しく、非常に息苦しい社会となっている。

私は今のこの状況を変えていきたいと思っている。

と言っても、革命とか大それたことを考えているわけではない。

「誰もが思っていることを発言しやすい社会を実現する。」

これだけのことである。

だが、理屈ではなんとでも言えるが、理屈だけでは今の状況は変えられない。

自分の身の回りから少しづつ空気を変えていこうと思っている。

有名人でも専門家でもない私のような者が、思っていることを自由に話し、小さなことから自発的な行動を積み重ねていく。

そうした人は今もたくさんいるし、これからどんどん増えてくる。

その思考や行動の指針は、その人自身が自分の頭で考えたものである。

同調圧力の強い社会では、権威が幅を利かし、個人の思考や行動が抑制される傾向が見られる。

私たちがそんなものに縛られる必要はないのだ。

どこかの偉い人や専門家の言ったことは参考になることもあるが、個人の思考と行動はそこから完全に自由なものだ。

権威の存在を否定したいわけではない。権威はたしかに存在しており、そこにはそれ相当の理由がある。

権威に寄り掛かることをどうしても必要としている人も大勢いる。

近年、世界のあちこちで独裁者の台頭が目立つが、これは社会が混迷を極め、自分の責任で答えを探し行動することが困難になっている人が増えているからだと思う。

私は基本的に権威が好きではないが、互いにメリットがあると思う時には近寄ることもある。状況によっては権威の傘下に入ることがないとも言い切れない。

だが私は、権威だからと言って無条件にそれを受け入れることはしない。

特に、

他者の上に君臨し続けることが前提になっている権威とは、私は付き合えない。

私はこれからも成長し続けたいと思っているので、その気がなくても身近に存在している権威をいつ出し抜くことになるかわからない。

私自身は人の上に君臨するつもりなど毛頭ないが、私の上に君臨していると思い込んでる個性があるとしたら、いずれややこしいことになる。

だから様子がおかしいと感じたら、徐々に距離を取ることにしている。

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