公務員がいなくなってもいい?

近年、国家公務員の志望者が減り、定年を待たずに辞めていく人が増えている。

時代が変わってきたからと言えばそれまでだが、行政に人材が集まらず、どんどん人がいなくなっていると言うことだ。

日本社会はこれからも課題満載だが、こんなことで行政は多くの課題と向き合うことができるのだろうか。

これは誰にとっても他人事ではない。

行政が機能しないと私たちの日常生活そのものが大きく揺らいでしまう。

人がいなくなっているのにはそれなりの理由がある。

まずやりがいを感じられない。

膠着した組織の論理が強力過ぎて、それが社会のニーズから大きくかけ離れてしまっている。

そして心身の消耗が激しすぎる。

無駄な慣例に縛られる中、毎日深夜まで圧倒的な事務量に忙殺され続けている。

さらに、職員は組織の歯車の一つ以外の何物でもなく、一人の国民としての意見を述べることさえできない。

感情のない機械のように働くのであれば、やってできないこともないかもしれない。

だが、普通の人間らしい心を持っているのであれば、とても平常心では働けない状況になっている。

こうした中、メンタルバランスを崩す公務員が多発している。

彼らのメンタルが壊れたり離脱しているのは、彼らが弱いからなのか。

彼らが弱いからではない。

行政組織が時代の変化に対応できておらず、普通の人間が働ける環境ではなくなっているからだ。

公務員は楽をしてるとか、給料をもらい過ぎだとか、相変わらず公務員を取り囲む世間の目は冷たい。

だがその見方は偏見に満ちたものである。

いつまでもそんな目を向け続けていても、組織も個人もさらに疲弊するだけである。

このような中では希望は見えてこない。未来を描けない。

公務員になっても心身を無駄にすり減らすだけで誰のためにもならないとなれば、本当に誰もやらなくなってしまう。

社会としても個人としても最低限のビジョンを持たねば、この国は立ち行かなくなる。

国家公務員だけではない。地方も同じである。

私自身は2020年3月に地方自治体を早期退職した。

27年間、組織の中で働いてきたが、これからは組織の外から地域社会のあるべき姿について考えていく。

いや、考えるだけじゃダメだ。

つい癖で控え目な言い方をしてしまったが、行政は市民のためにあるのだ。

市民のために組織が機能するよう、具体的な行動を重ねていくことが求められる。

冷めた目で突き放すのでなく、自分たちの近いところに手繰り寄せることから始めていきたい。

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