先日、近所の自動車整備工場で自家用車(セレナ)のエンジンオイルを交換してきた。

2006年の日産セレナ。色はカシミアグレージュ。

2007年9月から乗り始め、今日現在の通算走行距離は339,245km。

工場の人の話だと、これだけの距離を走っているセレナはあまり見たことがないらしい。

私は車やバイクをとことんまで乗り続けるタイプである。

これは1990年に購入した私の相棒、毎度お馴染みのDR250S(SUZUKI)。31年目に突入した今もバリバリの現役である。

2001年に長距離ツーリング用として購入したトランザルプ400V(HONDA)。現在キャブが不調だがまだまだ走れる。

実は私、車やバイクを生き物だと思っている。

自分でも変わっていると思うが、私には日常的に彼らの声が聞こえているし、こちらからも声をかけている。

彼らは調子の悪くなりそうなところがあれば必ず何らかのサインを示してくるし、普段からほんの少し気を振り向けるだけで喜んでくれているのがわかる。

特に夢の中で彼らと意気投合している感覚が強い。頻繁にやりとりをしていて、目が覚めたら次はどこに行くか腹が決まっていることも多い。

生活全般でうっかり失念していたことや、後回しにしていたことをさりげなく指摘してくれたりもする。

あの人に筋道を通すべきだとか、次はあれを見ておけよとか。

こうしたことは、車やバイクに限らない。毎日使っているカバンや筆記用具をはじめ、身の回りで起きる出来事も含め、あらゆる物事と対話をする習慣が身についている。

こちらから話しかけることによってそこに魂の存在を感じ、互いにやりとりしながら対等に生きるという感覚の中で私は生きている。

車には車としての、バイクにはバイクとしての寿命があるが、

彼らとの縁は、私が死んだ後も途切れることがないと思っている。