どこに住むか

相変わらず、特に都市部での新型コロナ新規感染が目立つ。

収束までには年単位の時間を要すると言われていたとはいえ、夏になり医療体制が整備されれば状況は改善されるとの期待感があったのも事実だ。

ところが夏を迎えても感染力は衰えていない。医療機関も疲弊しており、社会に広がる不安は依然強いままだ。

蓄積する疲労感をなかなか解消できない。長引けば長引くほど、私たちの生活を精神的にも経済的にも圧迫してくる。

首都圏や京阪神などにも私の知人友人が多くいるが、SNSなどを通じて苦悩を感じることがある。

1993年の卒業以来、毎年欠かさず開催している大学ゼミの同窓会が延び延びになっている。

私たち世代は高齢の親と同居していたり高校生大学生の子どもを抱えたりしている。どうしても神経質にならざるを得ない。

完全に収束してからでなければ仲間たちと会うことはできないとみなが感じている。

特に、人口密集地に住む仲間たちの苦悩が伝わってくる。

私が住んでいる北海道空知地方でも時々感染者が出ており警戒を続けているが、正直言うと、日常的に差し迫った強い不安を感じているわけではない。

大都市圏と人口密度の高くない地方とでは警戒の仕方にも明確な違いがある。

今回のコロナが収束しても、新たに別の感染症が広がるかもしれない。そんな気持ちになっている人が大勢いる。

私たちは、次々と襲いかかってくる自然災害や感染症に対処していけるだけのマンパワー、技術、財力などを十分に保持できるだろうか。

今後さらに少子高齢化が進み、生産年齢人口が激減していく。税収が上がらない一方で社会保障費は嵩んでゆく。

これからは鉄道はおろか幹線道や橋梁、トンネルなどの基本的なインフラの維持管理さえも覚束なくなるだろう。

今までは主に地方経済の衰退が指摘され、都市部への人口流入が目立っていたが、都市部での生活にも不安を感じる人が増えてきている。

個人的にお金を持っているだけでは生活を守れない時代が、もうすぐそこに迫ってきている。

多くの人が新しい価値観、ライフスタイルを探し求めている。

これからは地方の時代になると確信している。

私自身も北海道に住む者として、将来を見据え、新時代の地域のあり方を考えていきたい。

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