今日は弟子屈アイヌ協会主催のパリモモまつりに参加してきた。

パリモモとはアイヌ語で、魚のウグイのことを指す。

意訳すると「口笛を吹く魚」。たしかに口先を尖らせているようにも見える。

ウグイは小骨が多くて食べずらいため一般にあまり食されない魚だが、屈斜路コタンでは貴重な食料とされてきた歴史がある。

屈斜路湖のウグイは良質な藻を食べているためか味が良い。お腹を割くと緑色の藻が出てくるという。

今でこそウグイの他にもマス類などたくさんの魚が生息しているが、1960年代の屈斜路湖はPH4の強酸性となり、魚が激減したらしい。

屈斜路湖は活発な火山活動によってできたカルデラ湖であり、あちこちから湧き出す温泉水が屈斜路湖の水質を目まぐるしく変えていると思われる。

長い空白の時を乗り越え、湖に魚が戻り、まつりができるようになったのだ。

屈斜路コタンのパリモモまつりは4年前から行われており、私は第1回から参加している。

アイヌ民族に伝わるやり方で、供物とともに祈りを捧げ、湖の恵みに感謝する。

今日は苫小牧アイヌ協会から16名が訪れ、ともに祈り、歌い、舞った。

その一挙手一投足に、私たちを常に見守ってくれているたくさんの神々への感謝と、共生への誓いが込められている。

厚真からやって来たトンコリ奏者の奏でる音色が、コタンの隅々にまで響き渡る。

必然的に、世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスとも全員で向き合うことになる。

4/18に続く屈斜路コタン2回目のパヨカカムイエピル。

パヨカカムイとは、直訳すると「旅をする疫病の神」。エピルとは、祓うことである。

アイヌ民族は疫病とは戦わない。

疫病の元は常に自然界に存在しているのであり、根絶やしにすることはできないと考えてきた。

疫病の元となるものも、人間と共存共栄してきたのだ。

それが人間にとって良くない現象を引き起こしているのだとしたら、

そこには何かしらのメッセージが込められていると考える。

神々の声に耳を傾け、自分たちの側にもあらためるべきことがあるのではないか、と。

その上で、あまりひどい悪さをし過ぎないよう、たくさんのカムイの力を借りながら疫病の神を祓うのだ。

それぞれが笹の葉、エンジュの枝、砥石、エムシ(剣)など霊力を帯びたものを手に、心を込めて祓った。

そして、全員で屈斜路の大自然の恵みをいただいた。

これはパリモモの刺身。鮮度抜群である。一口食べるたびに全身の細胞が歓喜する。

パリモモの酢の物などの他、ヒメマスの塩焼き、コンプシト(団子)、ラタシケプ(カボチャの混ぜ物)、チポロイモ(ポテトサラダにイクラをのせたもの)などの民族に伝わる伝統料理がズラリ。

この他にユクオハウ(鹿肉の入った吸い物)や豆ご飯なども美味しくいただいた。

そして今は岩見沢への帰り道。

屈斜路でいただいてきたたくさんの命が、私の中や周辺で躍動しているような感覚に包まれている。

家に着いたら、私はすぐに眠ると思う。歓喜の中で、私の中に何かが刻み込まれようとしている。