がんじがらめは思い込み

先日、ある知人から「いつまでも仕事に縛られたくないけど、子どももまだ小さいし、家のローンもあるのでなかなか仕事から抜け出せない」という話を聞いた。

たしかに、日本は終身雇用や年功序列と言った文化が長く定着してきたこともあり、転職や早期退職を決断するための心理的ハードルが高いと思う。

企業倒産や失業者の発生を抑え込もうとするあまり、労働市場の流動性が低く、結果として転職しずらい、早期退職しずらい社会になっている。

だが、これらの指摘は的を得てはいるが一般論に過ぎない。

どんなに縛られていると感じていても、普通に周りを見渡すだけで、変化のきっかけとなる材料は必ず見つかる。

例えば、SNSなどを使い日頃から社会の歪みに注意を払うようにしていれば、自分にとって有益な情報が集まってくるようになる。

そうした小さなことの積み重ねが、新しい出会いや気づきを促し、同じ場所に居続けたとしても、見える景色が少しずつ変わってくる。

がんじがらめで動けないと感じているのは、思い込みに過ぎないことがほとんどだ。

どんなに同調圧力の強い社会だとしても、常に自分のすぐ近くにも無限の可能性が広がっている。

現状から抜け出したいと思っているなら、自然と小さなきっかけに気づく。そして無意識にそうしたものを大事にしていく。

そのような人は身近なところにも意外とたくさんいる。

常識的とされる今の考え方を変える必要はない。

ものの見え方をほんの少し広げてみるだけで、何かしらのヒントやきっかけが見つかる。

今とこれからを決めつけ過ぎずにいるだけで、その人なりのヒントが目の前に必ず現れる。

仮に転職や退職するとなれば、いくつもの障壁を乗り越えていくことになるが、

「困難を乗り越えていかねばならない」などと力む必要はない。

がんじがらめの状態のまま障壁を乗り越えるのは絶対に無理だが、

視野が普通に広がっていて、自然に可能性を感じられている状態だと、障壁に見えていたものが、障壁ではなくなっている。

周りからみたら重大な決断をしたように見えるかもしれないが、

当の本人は、自然な流れに乗って当たり前の思考をし、行動しているに過ぎない。

今はまだコロナショックの最中であり、社会全体が混沌としている。

先行き不透明なこの時代に、どんなにがんじがらめに縛られていると感じていても、

少しだけ力を抜いて、周りに注意を傾けることの楽しさを知っていさえすれば、

その人なりの、今とこれからの羅針盤がちゃんと見えてくる。

不安とは、これまでの常識に縛られることにより生まれてくる、幻想のようなものである。

実際には社会も個人も、どんな変化であれ、対応していくことになる。ただそれだけのことだ。

変化の時代にはチャンスも多く転がっている。そこには不安をはるかに凌駕する、楽しみや希望がある。

飛躍したことなど考える必要はない。これからの時代を自分自身はどう生きていくのか。

現時点で社会とのギャップを感じるなら、上手にその距離を調整して生きていくしかない。

社会は巨大であり、個人の力で変えることはできない。

だが、ちょっとした工夫を加えるだけで自分の立ち位置は変えることができる。

家族のためと思うなら、自分自身を犠牲にしたくないと思うなら、少しの希望を持つだけできっかけが必ず見つかる。

立ち塞がる現実の前に諦めるのではなく、少しだけ希望を持って可能性を切り開いていく。

そんな風に考えている人が増えていると思う。

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