生活を侵食するような仕事はしない

どこかに所属して仕事をしても構わないのだが、拘束時間が長いところには行かないと思う。

仕事はなんぼでもやるが、拘束されてしまうのはゴメンなのだ。

他のやりたいことができなくなってしまう。

組織に入ると、たいていは日中の一番貴重な数時間を奪われてしまう。これではまったく割りに合わない。

今の私は本当に忙しい。

だいたい4時半頃には目が覚める。

まず、布団の中で夢の確認をする。夢をベースに今日一日やることを頭に思い描く。

カーテンを開けてから、もう一度布団の中に戻り、スマホを取り出してメールとSNSをチェックする。さらに米国市場の動向に目を通す。

そしてそのまま、スマホでブログを書き始める。最後まで書き上げることもあるが80%以上書けたら手を止め、7時半頃には布団から出る。

布団をたたみ、服に着替え、居間のカーテンを開け、髭を剃りながらコップ2杯の水を飲む。台所の食器を片付け、ポットに湯を沸かし、冷蔵庫の中を見て今夜のおかずを計算してから、大雑把に新聞に目を通す。

8時半に妻を職場に送り届けたら、そのままスーパーに買い物に行き、銀行と郵便局に寄って通帳記帳し、帰ってきたら庭の花野菜に水をやる。そして自作の家計簿に全てのお金の出入りを記録する。

それから、BSの世界ニュースを流しながらPCとスマホで東京株式市場の動向を見る。

株の値動きを見ながら、中途半端になっているブログを書き上げる。

まだ10:00前である。昨夜見た夢の余韻が体に残っており、一通りの情報を取り込んだ後にブログを書き上げるのがしっくりくる。

一つ書き上げたら、さらにいくつかのブログネタが浮かんでくることもある。

天気が悪くなければ、DRで近所の林道に出掛ける。

山の中にいると、忘れかけていた夢を思い出すこともある。

一人になれる場所で深呼吸し、目をつむり、耳をそばだて、私を包み込むもの全てと一体となることをイメージする。

般若心経を唱えたり、片言のアイヌ語で草木に語りかけたり、我流の祈りを捧げたりして、気づいたら山菜を採らせていただくこともある。

そして、その場所でその時感じていることを口に出して喋ってみる。それを動画に撮り、ブログに貼りつけたりもする。

帰ってきたら採ってきた山菜の下茹でをしたり、庭の草取りをしたり、SNSやメールのやり取りをしたりする。

夕飯の米を研ぎ、足りないおかずの材料を買い、妻を迎えに行く。

元々簡単な料理なら作れるが、最近は妻に色々仕込まれている。

煮物やサラダの味つけなど、自在にできるようになりたいと思う。

家族で夕食を食べたら、私はもう眠くなる。

眠くなると、これから見る夢の予感があったりするので、なんとなく面白くてだらだらとブログを書き始めることもある。

ここまでやったらもう眠くて何もできない。気絶するように眠ってしまう。

以上が、私の一日である。

他にもやりたいことがたくさんあるのだが、これだけでもびっしりだ。

テレワークが普及し始めたとは言え、まだ組織の中における個人の自由度はかなり低い。

私は仕事をすることが好きだが、揺るぎない生活の上に成り立つ仕事、心豊かに生きるための仕事をしようとしている。

当たり前の生活を侵食するような仕事は、次の世代に引き継ぐべきではない。

当たり前の生活を取り戻す。それが私の仕事だと思っている。

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