ブログを書き続ける理由

今年に入ってからブログ更新を毎日続けている。別に意地になっているわけではない。単純に書きたいから書いている。

もちろん調子の悪い時もあるが、トータルで考えると、書いている方が調子がいい。

才能は関係ない。上手いかと言えば上手くない。上手くなれるかどうかもわからない。上手くなるに越したことはないが、上手くなるためにやっているわけでもない。

シンプルに、書きたい。

何故書きたいと思うのか。

私の場合は、ずっと抑圧を感じながら公務員として働いてきた。

言いたいこと、やりたいことがたまりにたまりまくっていて、それらを何らかの形で吐き出していかねばならない。

毒を吐きたいのではない。毒など吐いてる暇はない。自分のためにも社会のためにも、今とこれからをいかに心豊かに生きるかしか考えていない。

思いどおりになっていないことも多いが、嘆いていても、誰かのせいにしていても仕方がない。それらは自ら乗り越えるべき必要な試練であり、むしろ歓迎すべきことと受けとめている。

困難な中、少しでもよい方向へ向かうベクトルを作っていくだけだが、それらは普段からの心持ちと、毎日の小さな実践の積み重ねによって作られていく。

だからこのブログでは、身近な出来事を通して私の心の流れを中心に書いている。

なんとなく書きたいことならたくさんある。どこまで書こうと思うのか、実際に書けるのかわからないが、それは書き続けることによって初めて見えてくることだと思っている。

それから、

毎日書き続けるという行為の蓄積が、私自身のプロフィールというか、信用資産みたいなものになるかもしれないと思っている。

私は、他人から理解されなくても構わない(仕方がない)と思っているが、他者との間に必要以上に距離を作りたくはない。

不毛なにらみ合いは避ける。わかりあえるところがあるなら、わかりあえた方がいい。

私は口数の多い方ではないし、誤解されることもある。誤解されるのは仕方ないのだが、やはりそれでは疲れてしまう。けして望ましいことではない。

よくも悪くも私に関心を持つ人がいるのであれば、求められるのなら話をしてもよいが、伝わるかどうかわからない。やはり少し面倒くさいかもしれない。

でもブログを書いておけば、読みたい人は勝手に読んでくれるかもしれない。

読んでくれたら、「ゆたかなおなかという人は、だいたいこんな感じの人なのかな」と大雑把なイメージは持ってもらえる可能性がある。

ブログが全てではないが、読んでくれていると言うだけでかなりの手間が省ける可能性がある。

人間として生まれてきた以上、他者との関係性を完全に無視することはできない。

基本的には私は我が道を歩いていくし、誤解されることを怖れてもいない。

だが、何かの拍子でいつどこで誰と何らかの共同作業を始めるかわからない。

その可能性がある限り、自分の思いを表明し続ける必要があると思っている。

そのためのブログだと思っているので、これからも書き続けます。

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