投資することの意味を考える

日本は預貯金信仰が根強く、実際に投資をする人が少ない。

コロナショックで労働収入が減り、超低金利という中においても、なかなか投資しようとはしない。

その理由はどこにあるのだろう。

まず、明治維新が頭に浮かぶ。

当時は、欧米列強がアジアやアフリカなどを植民地として支配することを進めていた。

我が国と言えば、江戸幕府の下、250年以上続いた封建社会が定着していたが、そのシステムでは列強に対抗することは不可能であった。

すぐ隣の大国、中国でさえ大変な目に遭っている。ボヤボヤしてるとあっという間に植民地にされてしまう。

明治政府は列強に対抗するため富国強兵政策を強力に推進し、国民もそれに付き従った。

その時に明治政府が利用したのが、

文句を言わず、ただひたすらに黙々と労働することが美徳であると言う価値観である。

資源の乏しい中、列強に対抗するためには、新しいシステムを素早く構築し、それと同時に国力を何倍にも高めなければならなかった。

迅速に高い生産性を叩き出す必要に迫られており、その時に「黙々と働く」ことが絶対正義として強い説得力を持った。そして、あっという間にその価値観が国民に浸透していった。

その成果が、日清日露から第一次大戦の勝利に現れたとも言える。

奇跡とも言える大躍進に国中が沸き返り、その時に、この「黙々と働く」ことが、我が国特有の美徳として強力に位置づけられたのだと思う。

そして少し地味な話なのだが、

この時、明治政府は、稼いだ金を郵便局に預けるように推奨していた。

いくら国民が稼いでも、その金をかき集めないことには列強に対抗しうる態勢を整えることはできない。

明治政府だけでなく、国民もまた植民地にはされたくないから喜んで稼いだ金を貯金した。

この時、「文句を言わず黙々と働く」ことと一緒に、「働いて稼いだお金は貯金する」ことがセットになった。

そしてこれが、我が国が世界に冠たる優秀な民族である所以であるとして多くの国民の意識に深く刻まれていった。

国内の熱狂は、太平洋戦争に負けたことで意気消沈したかのように思われたのだが、

戦後の高度成長期に、じわじわと復活してくることになる。

空襲で徹底的に破壊されていた社会インフラを整備するため、国としてなすべきことは明白だったから、国民は文字どおり勤勉に働いた。

明治の富国強兵と感覚的に少し被るところもあり、「文句を言わず黙々と働く」ことが、我が国特有の美徳として、再び台頭することになる。

そしてこの時、働いて稼いだお金はやっぱり銀行に預けられたのだ。

当時は高金利だったので、働いた分だけ、社会としても個人としても豊かになっていくという実感があった。

こうして、「文句を言わず黙々と働く」ことと、「働いて稼いだお金は貯金する」ことが絶対的に正しいこととして、国民の意識の中で再び決定づけられた。

さらに続きがある。

1980年代後半から始まったバブル経済である。

この時代は、世界で最も優秀な(と信じて疑わなかった)日本経済が最高潮に達し、

たいして真面目に働かなくとも、少しまとまった金をちらつかせるだけで、金が金を産み続けていた。

真面目に働くのが馬鹿馬鹿しくなるほどに、日本中が浮かれていた。

そのバブルが弾けた瞬間、バブルの構造は極端に全否定されることになる。

そしてこの時に、「やっぱり日本人は、文句を言わず黙々と働くべきだ」となり、

一生懸命稼いだお金は、「いい加減なところに転がしたりせず、貯金しないとダメだ」となった。

結果として、明治以来の150年は、「文句を言わず黙々と働く」ことと、「稼いだお金は貯金する」ことがセットになって国民の中に強烈に刷り込まれてきた時間だったとも言える。

この意識は実際に強く流れてきたし、今でもかなり根強いものがある。

だが、今まではともかくとして、これからのことを考えた時、このままでいいのかどうかである。

バブル崩壊から30年。駄々下がりの労働収入の相対的価値は、今回のコロナショックでさらに大きく落ち込んでいる。

こうした中、文句を言わず黙々と労働することによって何が産み出されると言うのだろうか。

そして、

なけなしの労働収入を超低金利の銀行に預けたとして、

先行き不透明な未来を担保するものとしての個人資産を守ることが本当にできるだろうか。

この時代に黙って働き、貯金に励むことによって得られることがあるとすれば、それは、強まる一方の社会不安と個人の健康破壊くらいじゃないかと私は思う。

かつて戦前戦後の日本人が黙って働くことができたのは、その目的に納得していたからである。

黙って働くことが美徳なのではなく、揺るがない目的に向かって進むことに現実的な力があったのだ。

貯金することが素晴らしいことなのではなく、その稼いだお金を生かしてきたからこそ、結果として成果に繋がっていたのである。

現代の目的とは何か?

お金を生かすとはどういうことか?

このことが今の日本人に突きつけられている課題と思う。

いつまでも古い思い込みに囚われていても仕方がない。時代は既に大きく変わっている。

私自身は、組織の中で消耗するのではなく、社会に必要と思われることに限られた時間と力を注いでいく。

そして、お金は奥にしまっておくのではなく、これからの社会のために適正に配置していく。

世界の市場を見極め、広い視点に立ってお金をより生かしていきたい。

組織に所属してそれが実現できるならよいが、私自身はそれは無理だと判断して公務員を早期退職した。

思い込みに支配されるのではなく、目的と結果に自分自身で責任を負う。

今の日本人がなすべきことはちゃんとある。昔とは少し形を変えているだけのこと。

国民一人ひとりが、その人なりに本質を見極めていけば、そう難しいことではないと私は思っている。

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