パヨカカムイ

WHOがパンデミックを宣言し、新型コロナウイルスが世界的な感染拡大局面に入ったと言われているが、

現代の公衆衛生はこの事態にどう対処していこうとしているのか。

今の公衆衛生に期待されていることは、「感染症等のメカニズムを科学的に解明し、迅速で的確な処置を施すことにより、社会的・個人的損失を最小化していく。」というようなものだと思う。

だが、公衆衛生の技術的なことに関しては既に相当の蓄積があると思われるが、その知見が広く一般化されているかと言えばどうだろうか。

多くの人はその先端技術についてほとんど何も知らないでいる。困ったことがあれば専門機関に任せれば解決すると思い込まされているのが実態である。

私自身も長年にわたり公衆衛生の現場で仕事をしてきたが、技術的なことについてはほとんど無知である。

行政サービスを提供する側として、受益者のために何度も理解しようとしてきたが、私の力では困難な場合が少なくなかった。

これは私に限った話ではなく、専門的な知見が社会全体はおろか専門の行政機関でさえきっちりと共有されているとは言い難い。これが現実だと思う。

多くの人たちは権威にすがるようにして安心を得ようとしているが、それは幻想でしかないのかもしれない。

現代の公衆衛生は私たちの普段の生活から切り離され、すぐに人任せにしてしまう習慣が定着してしまっている。特に、想定外の事態に対しては非常に脆弱になっていると言わざるを得ない。

だが、大衆は専門機関に過度な期待をし続ける。ここに齟齬と混乱が生じる。

いつまで経っても問題の解決に至ることはなく、責任の押し付け合いばかりが延々と続いている。

科学の進んだ現代のはずだが、なんとも情けない姿だと思う。

では、中世以前はどうであっただろうか。

一例として、北海道に先住していたアイヌ民族に伝わる話を引用してみる。

パヨカカムイという疫病の神がいる。

パヨカカムイは人々に害をもたらすのが役目とされ、疱瘡(天然痘)等の流行病を司る神である。姿を見せずに弓を放ち、この矢を射る音を聞いた者は疱瘡に侵されると言われている。

とある村のはずれに、貧しいアイヌの一家が住んでいた。そこの父親は狩りが下手であったが、ユーカラ(英雄叙事詩)を語るのは上手だった。ある時、その父親が子供達にユーカラを語っていると、家の外にパヨカカムイがいることに気づいた。そこで捧げ物をすると、パヨカカムイは夢枕に現れ、上手なユーカラと捧げ物の礼をいい、病を避ける方法を伝えて去っていった。この方法を村長に伝えたところ、村長は感謝し、村の者は皆疫病に冒されること無く、幸せに暮らしたとされる。

また、このパヨカカムイと人間との間にカスンテという怪人物が生まれた。カスンテは何度殺されても生まれ変わったが、厚岸のアイヌたちが上下の顎を別々にすることで生まれ変わることはなくなった。しかし、そのアイヌたちの多くは疱瘡を煩って死に、わずかに残った者たちも津波に遭って死んだ。そのために津波はカスンテの祟りといわれたという。

アイヌ民族に伝わるこれらの言い伝えからは、「疫病とは戦うのではなく、上手に付き合うことが大切である」というメッセージを受け取ることができる。

「パヨカ」とは、歩く、行く、という意味であり、アイヌ民族は病気の神様のことを「歩く神様」と呼んできた。コタン(村)で病気が発生しした時にはおまじないをする習慣があるという。

病気を撒き散らしながら歩きまわるパヨカカムイに供物を供え、ここから立ち去るようにおまじないをするのだ。

だから誰かが病気になると、

供物を炊き、酒を供え、まずは一番身近なアぺフチカムイ(火の神)にお祈りをする。アぺフチカムイを通して供物をパヨカカムイに送り届ける。

パヨカカムイは供物を受け取ると神の国に帰る。パヨカカムイが神の国へ帰れば病気を撒き散らされずに済むと考えたのだ。

そう言えば、道東に住むエカシから、癌になっても癌と戦おうとせず、自分の体の中にいる癌を慈しむアイヌ民族の老婆の話を聞いたことがある。

今まさに世界中で恐れられている新型コロナウイルスだが、私たちはそれが何物なのかわかっていない。専門家はわかっているのかもしれないが、少なくとも私たちにはわかっていない。

わからないものが一番恐ろしいのかもしれない。

だがよく考えてみると、科学の進んでいると言われている現代でも、ほとんどはわからないことだらけなのだ。

わからないものが恐いなら、わからないものへの向き合い方についても考えてみるべきだと思う。

その意味で、アイヌ民族に伝わるこれらの話は非常に興味深い。

これ以上の感染者が増えないことを祈る。アぺフチカムイを通して私も祈る。

もしかしたら新型コロナもそんなに悪いやつではないかもしれない。あまり邪魔者扱いばかりするのではなく、自然体で接していれば、いずれ大人しくカムイコタンに帰って行くのではないだろうか。

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