萎縮傾向社会

これだけ新型コロナの報道ばかり見せつけられると、さすがに外出する気も失せてくる。

音楽やスポーツなどのイベントはほとんどが中止になった。

なんとプロ野球のオープン戦は全て無観客で行うと言う。

幹線国道の交通量も目に見えて少なくなり、いつもより車の流れが早い。駅や街中の人通りも明らかに少ない。

スーパーの買物客はみんなマスクをしている。他人との距離を極度に意識してる人もいてなんとなく感じが悪い。

どこを見ても、みんな元気がないなと思う。

疑心暗鬼になっている。神経質になっている人がこんなにも多いとは。

他人を病原菌扱いするかのような態度の人も目につく。

マスクで顔を隠した瞬間に、「今日の私は誰とも話さない」と決めつけている人もいそうだ。

例えば、

スーパーでうっかり他人の買物カゴにぶつかっても、謝らないだけでなく、目を合わせることさえも避けるような態度を取ったりする。

別に謝って欲しいわけではないが、ほんの一瞬、目だけででも合図してくれたらいいのにと思う。

これではその場の空気が暗くて重苦しい感じになってしまうではないか。

新型コロナの流行以前に、社会の根っこが病んでいるように思う。

プロ野球のオープン戦を無観客で行うことになるなど、かつては考えられなかった。

スポーツはお客に見てもらわなければ商売にならない。

「今の時代、何を言われるかわからないから、観客を入れることはできない。」と言うのは理解できる。

ならばオープン戦自体休めばいいと思うが、

シーズンに向けて調整は必要だから無観客で試合を行うという。

球団経営も本当に大変だ。

選手もモチベーションを維持できるだろうか。

これは私の個人的な意見だが、

音楽やスポーツイベントは、一律中止ではなく、自己責任で行きたい人は行けるようにしてあげたらいいと思う。

もちろん、感染拡大を防止するための方策は必要だが、

私は、今の措置は過剰な対応だと思っている。

こうした萎縮マインドが癖になり、

やがてこれが常識的な考え方として社会に蓄積されていく。

こういうのは、将来的に悪影響にしかならないと思う。

そして、

これだけ神経質に騒いでおきながら、「5か月後のオリンピックは絶対に決行する。」と言う宣言が出てきた。

普通に考えておかしいではないか。そう感じるのは私だけではないはずだ。

実のところ、オリンピックなんてどうでもいいと思ってる人がかなりいる。

庶民の生活には余裕がなくなってきているし、被災地の復興や何やらを後回しにして、とうていお祭り騒ぎの気分にはなれないだろう。

こんな状況下において、感動の押し売りをされると逆に腹が立ってくる人もいると思う。

文句を言っていても始まらない。いつであっても、自分がしたいことやできることをやるだけだ。

コメントを残す

コメントを投稿するには、以下のいずれかでログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中