機能不全のメディアには指摘をすることもあるが、攻撃したいわけではない。組織に埋没しかかっている人材の力を引き出すことを考えている。

新聞の発行部数がどんどん減っている。

今はスマホなどの普及で誰もが好きな時にネットに繋がる。新聞などなくても困らない。家計の無駄を省こうと考えた時、真っ先に新聞購読をやめてしまうのも当たり前である。

だが発行部数が減ってきた理由はそれだけではない。新聞自体に魅力を感じられないということが一番の理由であろう。

今の新聞は問題の取り上げ方自体が本質からズレていると感じている人も多い。

時代は流れ、かつて常識とされていた前提も大きく変化している。

そうした社会情勢の変化を、あえて見ぬふりをしているところが新聞にもある。

事象に対する着眼点やアプローチの仕方がすっかりマンネリ化し、建設的に提案している風を装っていても、実質的な効力を持ったアナウンスは新聞を含むメディアから出てこない。

購読者は新聞の書き方をだいたい予測できるし、新聞に何も期待しなくなってしまった。

新聞各社の報道姿勢に対して不満を感じている人は多い。私自身も、新聞に限らず真実を伝えようとしない今のメディアには失望している。

だが仕方ないとも思う。報道姿勢には不満だが、叩いたところで何も変わりはしないだろう。誰に指摘されるまでもなく、メディアは現状を正確に自覚していると思うからだ。

新聞社は購読者が何を求めているのか重々承知しているが、それに応えようとはしない。

外部からの意見を受けとめるふりだけはするが、徹底的にとぼけ続ける。どうしてもそうしないといけない理由があるのだろう。

ニーズに応えようとしないのであれば、少しずつズレた論調を重ねていくしかない。片目を瞑ったまま、世の中とはかみ合っていない態度で押し通すしかない。

当然、読者は何も期待しなくなり新聞から離れる。

新聞はそれでもいいのか。とぼけ続けるのか。

読者のニーズに応えるべきではないのか?そもそも応えることなどできないのか?

私は今の新聞が悪いわけではないと思っている。現代社会の枠組みの中ではメディアができることにも限界があるのだと解釈している。

おそらくメディアはよくも悪くもない。結局のところ、今のようになるしかないのではないか。

実際、これまでも多方面から多くの指摘がなされてきたが、

根本的なところで満足な修正はされてこなかった。むしろ退化しているとさえ思う。

そんな中においても、

メディアを担う組織でも、大勢の人が働いていることを忘れてはならない。

大志を持ってこの世界に飛び込み、複雑な思いを抱きながら仕事をしている者もいるだろう。

展望を持てない小手先のメディア離れ対策に違和感を感じる者もいるはずだ。

だが組織は変わらない。

小手先だとわかっていても、

組織としては、その小手先プロジェクトに多くの人材を縛りつけ続けるしかない。

シンプルに考えて、

組織の中で本来の力を発揮できない人がたくさんいることに強い違和感を覚える。

モチベーションの上がらない業務に貴重な人材を縛りつけ続けることは、社会の損失、害悪でしかない。

そんなことはできるだけ早くやめた方がいいと思う。

そこで歯を食いしばって頑張って何になるのか。

社会のためにも

組織のためにも

個人のためにも

何か価値を産み出すことに繋がっているだろうか?

組織活動が社会のニーズにかみ合っているのなら、少々辛いことがあっても個人のモチベーションは保たれる。

だが、明らかに機能不全を起こしている組織の中では人は働けない。辛抱してそこで働くことの意味を見つけることができない。

そうしたことを考えた時、

私たちが今なすべきは、目的もなくメディアや組織を批判し続けることなどではないと思う。

また、矛盾を感じながらも歯をくいしばって働き続ける人たちを遠くから見守るだけではいけないと思う。

組織に縛られ、力を発揮できないでいる人材が機動的に働けるような環境を作ること。そこに力を振り向けるべきではないだろうか。

戦後の日本は護送船団方式、終身雇用、年功序列などと言われてきたように、組織にもたれかかるような意識でここまでやってきた。

日本人にはそうした依存精神が染みついてしまっているように思うが、このままでは立ち行かなくなることをはっきりと自覚する必要がある。

昔はともかく、今の組織はもたれかかることができるような代物ではなくなっている。

これからの組織に、私たちの生活を守ることを期待しても無理だ。

ましてや、組織が個人の都合に合わせて変わることなど期待できるわけがない。

であるなら、組織には執着せず個人の力でできることを模索し始めるべきである。

これからは、そのように感じ、考え、行動を始める者が確実に増える。

個人が力を発揮できるために、社会がどうあるべきかを真剣に考えざるを得ない。

私自身も、自身の将来をイメージしながら、誰もが組織に頼らない生き方を実現できるような環境作りに励んでいきたい。

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